両親
異世界に生まれ変わって数日で退院して親子3人の暮らし。
父親のダンはこの町の領兵。3交代制で朝9時から20時までの日勤、昼13時から24時までの午後勤、夜23時から次の日の10時まで夜勤、その次の日の1日休みの4日間周期で働いているらしい。
赤ちゃん生活が2週間も過ぎ3人での生活に慣れてきたこの日、ダンは休日明けの日勤の日だった。
「頑張って仕事してきてよ!」
「ああ……でもリンの事が気になって……」
「仕事に遅れるよ! まだ新人なんだから遅刻はダメよ! ……まさか仕事中もボーッとしてないでしょうね! 私が紹介した仕事なんだからしっかりしてよ!」
「分かってるよ……リャルルに迷惑掛けないようにするよ」
そう言ってダンは仕事に向かった。
父ダンの領兵の仕事は母リャルルのコネ……紹介らしい。元は冒険者を5年間していたがリャルルが私を妊娠した事を切っ掛けに危険な冒険者から町の中で比較的安全で毎日家に帰って来られる領兵の仕事に転職した。なのでまだ職場では1年未満の下っ端の新人だとか。
母リャルルはこの鉱山の町ダールアイマを中心都市とした白山領の領主ターガツ様の秘書兼護衛をしている。現在は産休中だが、領主からの仕事復帰を願う連絡が毎日のように届いていた。
「仕事復帰の予定はまだ先になります」
リャルルがこの日も朝一のメッセージに返事を返して家事と私のお世話を終わらせて2人で近くの公園まで散歩に出かける。これが最近のルーティン。ダンが休みの日は一緒に家事を終わらせ散歩に付いて来るが、回りの人の目が気になる。それは母リャルル以外獣人ばかりだからだ。
思い返せば病院でも獣人以外見かけなかった、退院してからも。
『この世界、獣人以外は珍しい?』
そんな事を考えながら乳母車に揺られていると
「ニャッ!」
『アッ!』
少し先の道を獣人以外の人が横切った。
「ミャニャ! ミャミャーニャ!」
『あれは! ケモ耳じゃない!』
私の知っている人間とは少し違うが明らかにケモ耳はない。
「ニャミャニャー ニャミャ?」
『あの人 何?』
私はなんとかリャルルに伝わるように話し掛ける。
「どうしたの? 何か珍しいものでも見つけた?」
「ニャ!」
『あれ!』
私は短い腕を持ち上げ彼が歩いて行った方を指差す。
リャルルが私の指差す方に目を向けると私の鳴き声が気になったのかその人が振り返る。
「ドノバン?」
「リャルル? 良かった。リャルルの家を探していたんだ」
「私の家?」
「そうだ。ちょっと相談が有ってな」
「相談?」
「リャルルが産休に入ってから領主様の仕事が遅れがちになっていてな。最近は領主が視察に来る事も無くて鉱山の採掘に支障が出てきているんだ」
「ターガツが鉱山の視察をサボってるって事?」
「まあ、平たく言えばそうだな」
「ターガツ……あの人何してるの!」
「リャルルがいないと……鉱山は獣人には辛いらしい。特に鼻の利く種族にはな」
「だからって視察をサボるのは違うでしょ!」
「それでリャルルノ仕事復帰を早めるか、それかリャルルから領主様に話して視察をするように言ってもらえないか?」
「分かったわ。これから領主の所に行きましょう!」
「助かる」
こうして私達は公園とは反対方向へ向かうのだった。
「ウワ! リャルル? 何かあったのか!」
門の前には領兵の仕事をするダンが腰に一振りの剣を下げて立っていたが、突然のリャルルと私の訪問に驚いている。
「ターガツに話が有って」
「そうか……リンも連れて行くのか?」
「……ダン、リンをお願い。直ぐ話を終わらせてくるから。行くよ、ドノバン!」
「ハイ」
リャルルは私の乗る乳母車をダンに渡すとドノバンを引き連れて建物の中に入っていった。
「仕事中にリンに会えるなんて嬉しいよ。リン、少しお父さんと待ってような」
ダンは嬉しそうに微笑むと私の頭を撫でた。
「ミャ~」
『は~い』
「あの~ ここは領主の館ですか?」
「はい。何か御用ですか?」
リャルルが建物の中に入って数分、鳥の顔をした男が声を掛けてきた。
「朱森領から行商で来ていたのですが、領主様の娘様の誕生日が近いと聞いて、何か買って貰えないかと思いまして……」
「そうでしたか……何か珍しい物があるんですか?」
「はい勿論。朱森領特産の綺麗な鳥の羽根の髪飾りに耳飾り、それから……」
「俺の娘も最近産まれて、ほら可愛いでしょ!」
ダンは私の顔が見えるように乳母車を鳥顔の行商人の方へ向ける。
「本当ですね。うん? 娘さん珍しいお顔されていますね」
「そうなんですよ。妻が人族なので。でも可愛いでしょ!」
「そうですね。可愛いですね。……そうだ、これどうぞ」
行商人はそう言って私の乗った乳母車に鈴の付いた黒い羽根飾りを着けてくれた。
「いいんですか!」
「ええ、可愛い娘さんに似合いますよ」
「本当ですね!」
「それで……」
「あっ、ああ。どうぞどうぞ、領主のお嬢さんにも何か素敵な物を」
そう言ってダンは鳥顔の行商人を通した。
この日、何故かリャルルの仕事復帰が決まりダンの育休が始まったのだった。
-前世-
「鈴、よく頑張ったね。私達の子供に産まれてくれてありがとう」
「鈴……ありがとう。もう苦しいのは終わりだよ。ゆっくり休んでね」
「…………」
「す……鈴!」
「鈴!」
私の意識は少しづつ遠のく。
「ぉぁぁぁ ぉぉぅぁ ぁぃぁ……」
『お母さん、お父さん、ありがとう』
声にならない声で2人に最後の言葉を伝えた。
12歳の秋。それが私の最後だった筈が次に目を開けるとそこは私の知らない世界だった。