白兎ペコル
『何で私だけ……』
ペコルは洗礼式を終え白かった毛が薄い青色になっている事に愕然とした。
ペコルは白兎族の族長の娘。姉が3人弟が1人いる。
一番上の姉は領都で看護士。二番目の姉は領都の保育士。1つ年上の三番目の姉は白兎の里で父の族長の補佐。落としは洗礼式前でまだ成人していない。
その家族の中で私だけ白い毛の色が洗礼式で変わってしまった。
絵本の国の獣人族の中には偶に洗礼式で毛の色が変わる事があると言われている。だがペコルの回りではそんな事になった人は一人もいなかった。
『何で私だけ……』
心の中でいつも自分自身に問いかけていた。
父は仕事は出来るが基本無口で相談しても『うん』としか返ってこないと相談する前から予想が出来る。
母は私を気遣い『気にする必要は無いわ』と慰めの言葉と『特別な事だから喜んでも良いんじゃないかしら』との楽観的な反応を見せていた。
3人の姉達や弟もそれまでと態度は変わらず普通に接してくれていた。
だが周りの目は変わる。
『族長の娘が……』
『族長の娘なのに……』
『白兎族の恥さらし……』
『父親は族長じゃないのかしら……』
そんな心無い言葉が町では囁かれ始めペコルの心は限界に近かった。
「引っ越そうか」
ある日、一番上の姉がそう言い出す。
「良いわよ! 私、領都の保育園で働きたかったの。領都なら他の種族も多く集まっているから、いろいろな子供達の相手が出来て楽しそう。兎の里だと兎族しか鋳ないんだもの」
「私も看護士として他の種族の治療も経験したいと前から思ってたんだ。この里だけの仕事だと他の種族の冒険者や旅人の治療の限界があるもの。領都の病院で経験を積んで兎の里をもっと発展させたい!」
兎の里は白山領の南西の外れにあってあまり冒険者や旅人が来る事が多くない。領都や白獅子の里が交通や交易で栄えているのに対して遅れを取っている田舎だと思われているのだ。
「それも良いかもね。環境が変わればね、あなた」
「うん……」
以前は活発で走り回っていたペコルが洗礼式からずっと塞ぎ込み落ち込んでいて、心配した両親も沢山の種族のいる領都行きを奨める。
「父さんの補佐は私がしておくから、3人は領都で白兎の里に役立つ経験をしてきて」
三番目の姉も同意見の様だった。
環境が変わり最初の内は良かった。だが次第にまた噂が囁かれて始める。
『3姉妹?』
『違うだろう。1人はお手伝いだろ?』
『白兎族だって聞いたのに水色の毛色だぞ!』
『母親が浮気したんだろ』
『父親の愛人の子を引き取ったらしいぞ』
『可哀想な捨て子を族長が拾ったんだって』
領主官邸で働き始めたペコルに聞こえる様な声で噂が囁かれる。兎の里にいた頃よりも容赦の無い言葉がペコルに投げつけられていた。
「兎の里に帰る?」
上の姉が心配でそう声を掛ける。
「私も帰ろうかな~。白毛の保育士は私だけだから、私の受け持つ園児は上級官の子供ばかりで我が儘で大変なのよ」
「私も思ってたより暇なのよ。領都の周辺は魔物が出ないから冒険者の怪我人が殆どいないの。家族で仕事に来た人達の出産が殆どであまり兎の里に役に立ちそうにないのよね」
ペコルの前ではそう話す姉達だが本当は毎日仕事に遣り甲斐を感じて楽しそうにしているのを知っている。
「私、領主官邸での仕事は向いてない……だから冒険者になるよ! 私って小さい頃から体を動かす方が向いてると思うんだよね。だから白獅子の里に行って冒険者をする」
「白獅子の里?」
「何で白獅子の里?」
「あそこは魔族の国とも交易していて色んな人が居るでしょ。それにあそこなら私を知ってる人は一人もいない」
「それなら私達も……」
「ううん。誰も知らない人の中で暮らしたいの。お姉ちゃん達がいるとまた一人だけ毛の色が違うって言われるでしょ? だから一人で行く!」
それからのペコルの行動は早かった。
直ぐに上司の魔族の秘書官に辞表を出し、荷物を纏め2人の姉に宣言してから2日で領都を出る。
それまで心配していた二人の姉も昔の活発なペコルが戻った様に感じて少し安心した。
「冒険者なんて大丈夫かしら?」
「ペコルなら向いてるんじゃない?」
「……そうかもね」
「そうよ。ペコルが元気ならそれで良い」
「そうね」
2人の姉は走って旅立って行ったペコルの背中を笑顔と少しの心配で見送るのだった。
『忘れてた、私の小さい頃の夢は冒険者だったんだ!』
ペコルはこうして冒険者の道を一歩踏み出した。




