前世の記憶
白獅子の里への出発を五日後に決めて、その日はペコルには帰ってもらった。
ダンもダルのベッドを組み立て終わり
「長旅で疲れた」
と寝室で寝てしまう。
リャルルがダルの授乳を終え、オムツ交換をしダンの組み立てたベッドに寝かせて私の隣に座る。
「リン、話をしましょう」
「うん」
「まずはリンから聞きたい事を言って、何でも答えるから」
「うん……お母さんが元使徒だってのは本当だよね?」
「うん」
「元使徒って分かってるって事は前世の……死ぬ前の記憶はある?」
「勿論あるわよ」
「それって使徒としての記憶?」
「そう」
「その前は?」
「その前?」
「うん、使徒になる前の記憶」
「使徒になる前の記憶……あった……あったはず……何で? 何で思い出せないの? 何で忘れてた? 何でリンに言われるまで使徒になる前の記憶の事を忘れてたの!」
「それは使徒になる前の記憶はあったけど、今は覚えてないって事?」
「そう……リン、何でリンがその事を知ってる……リン! リンは本当に使徒なの!」
「そうだと思う。私……生まれる前の世界の記憶があるの」
「使徒だから……私も使徒だった頃は違う世界の記憶があった気がする。それでこの世界で……異世界で前の世界の知識で……でも思い出せない」
「それはまた生まれ変わったから? それとも絵本の使徒じゃ無くなったから?」
「分からない……それも憶えてない……リン、リンの前の世界の話をして、もしかしたらリンの話を聞いて思い出すかも……」
私はリャルルに前の世界、地球の日本での話をした。
病気で死んだ事。小学2年生で入院した事。病院で友達が出来た事。その友達の一人の陸に『生まれ変わるなら何がいい?』って聞かれて『猫』って答えた事。それから……外が明るくなり始めるまで話した。
リャルルと話して分かったのは、私が本当に使徒だと言う事。ただ、私は絵本を持っていないので絵本の使徒かは分からない事。もしかしたらリャルルを転生させた神様と私を転生させた神様は違うかもしれない事。それと一番の衝撃はリャルルが獣人の国で『魔王』と呼ばれていた使徒だったと言う事。前世の時の使徒『魔王』を殺したのが勇者と呼ばれていただけで、それが使徒だったのかは分からない事。使徒の時の名前やその前の前世の記憶、他にも思い出せない事がいくつもある事。
結局、私は本当に使徒なのかは分からなかった。今ある私の前世の記憶が本物なのかも証明しようが無い。
『陸や竜、莉愛に会えたら……3人は私の記憶の中にいるだけの存在じゃないよね? 捜そう! 絶対この世界にいるはず! 莉愛は鳥になりたいって言ってた、竜は竜、陸は亀……鳥なら朱南領? 竜なら青霧領? 亀なら玄海領? 莉愛は死んでないかもしれない。でも竜がいるなら私より半年早くこの世界に来てるはず。陸は2年前……時間の流れは一緒なのかな? 言葉や文字は日本語。それは歴代の絵本の使徒が日本人だったからなのかもしれない……』
リャルルと話ながら前世の3人について考えていた私はいつの間にか眠ってしまっていた。
翌日、私は昼過ぎに起きる。
ダンは正式に領兵を辞める手続きをしに領主官邸へ出掛けてまだ帰って来ていない。
「リン、ダンには私達に前世の記憶がある事は黙っていよう。私が元使徒だった事と魔王と呼ばれていたのも秘密ね」
「うん」
「それと使徒だって事はあまり言わない方が良いと思うの。私が使徒だった時、私の名前を語ってお金儲けをしたり悪い事をしたりする人が沢山いたの。タブレット、勇者と名乗ったあの人も本当は私を狙ったんじゃないかもしれない。だからリンが使徒だって知ってる人以外には『これ以上誰かに話さない様に』と言っておきましょう。そう『絵本に書かれた』と言えばみんな信じるだろうからね」
そうリャルルは悪そうな笑顔でウィンクした。
出発の日は直ぐに来てしまう。
「今日でこの町とはお別れよ。最後に会いたい人には挨拶をしておいてね」
リャルルはそう言うと領主官邸へと向かった。
ダンは前日までに既に挨拶を済ませて仕事も辞めてきていた。
「今日は一日リンの挨拶回りに付き合うぞ!」
ダルを抱っこしてダンは微笑む。
前日までにリャルルを連れられて領主官邸での挨拶と私が使徒だと言う事を『絵本に書かれたので』と口止めしておいた。最後にタリアとも別れの言葉を交わす。ライアは私に近寄る事は無く少し離れた場所からこっちをジッと見ていた。タリアの護衛のベァーテスともその時に顔を合わせ、バルナとベティに見送られ領主官邸を後にした。なので今日はパラルに会いに病院へとピョコルに会いに保育園へ行く予定だ。
リンとして生まれ変わって2年、この町に知り合いと呼べる人はそれだけしかいない。
『2歳なんてそんなものかな? 人の2歳とはかなり違う。獣人の血が入ってるから成長が早いのかな? この世界の人の2歳はどんなものなんだろう……』
そんな事を考えながらパラルのいる病院へと歩く。




