氷漬けのチタリ
領主のターガツに私が使徒だと信じ込ませる面会の最中でダンが猫の里から戻って来たとの報告が入り、私達は騎士の訓練場に移動する事となった。
訓練場には既にダンが両手を縄で縛られ猿轡をはめられて立たされていて、その隣に茶色の鼠の男性が立っている。そしてダンを挟んで反対側に耳の尖った褐色の女性が立っていて大きな黒い袋の様な物を背負っていた。
『あの人、耳が尖ってる! もしかして異世界で定番の種族のエルフ!』
私は少し興奮気味に耳の尖った女性を見つめていた。
「ケニック、そちらの方は? どうやらエルフの様だが」
「こちらの方はハーフエルフのフリザさん、チタリの遺体を運んでくれました」
ゴウケンの問いにケニックは少し不満そうに答える。
「不裏氷フリザです」
フリザは背負っていた袋を下ろしゴロンと中から氷漬けのチタリの遺体を出す。
「ああ! フリザ殿、ありがとうございます。チタリの家族も綺麗なままの顔を見る事が出来て少しは心を鎮められるでしょう」
「礼には及びません。私はたまたま氷魔法が得意なだけでそこの男に頼まれただけ、それに私の目的はこちらに高名な魔法使いがいると聞いて会いたく思い同行しただけですから」
「頼まれた?」
「俺が頼んだ! 俺は犯人じゃない! リャルル、頼むお前なら俺がこの鼠族を殺してないと証明出来る何かを見付けられるんじゃないか?」
ダンは縋る様な目でリャルルを見つめる。
「うーん……私は捜査のプロじゃないからな……」
そう言いながらリャルルは氷漬けのチタリに近付く。
「何か分からないか!」
「そうだな……この氷は溶かせないのか?」
リャルルはフリザを見て聞く。
「溶かせますよ」
「お願いしても?」
「……貴女が高名な魔法使いですよね? それなら私に頼まずとも御自分で溶かせるのでは?」
ニヤリとフリザは笑う。
「出来なくはないですけど……」
「何か問題でも?」
「そうですね、この鼠族を殺した犯人とされているのは私の夫ですから、私が魔法を使ってる何かした場合に証拠を消したとかでっち上げたとか言われるかなと」
リャルルはそう言うとゴウケンの方を見る。
「そうだな……ウム……」
ゴウケンはチラリとケニックを見て考え込んでしまう。
「そうですよ! この女はダンのためならチタリに何かしますよ!」
ケニックは慌てた様子でリャルルを睨む。
「氷漬けのままではダメなのか?」
「そうですね……そうだ! リンこっちに来て!」
私はリャルルに呼ばれ素直に氷漬けのチタリの傍に行く。
『手を前に出して』
リャルルは小声で私に呟いた。
『ブック』
私が出した手の上に絵本が現れる。
「絵本に聞いてみて、チタリを殺したのは誰なのか」
「絵本に聞く?……ぁっ」
私は思わず口を滑らせしまった。
「いつものように魔力を込めれば良いんじゃない?」
リャルルは冷静に私のフォローをする。
「そうだね……へへへ」
笑って誤魔化しながら私は両手に魔力を集めた。
ブワンと両手に集めた魔力が絵本に触れると魔力が加速魔法と減速魔法に変わり氷漬けのチタリに吸い込まれる。
パリン! パキパキパキ
それまで氷漬けだったチタリの顔の氷が砕けた音がしてその目が開き、それが徐々に下の方へと拡がっていく。
「チョォゥ!」
最初に変な叫び声を上げたのはケニックだった。後の人達は驚きで声も出ない。
「確かに死んでいた……私が氷魔法を掛けた時は確実に……」
フリザは隣で目を見開いている。
「何をしたのよ」
魔力を込めろと言ったリャルルも困惑。
「チタリ……」
そう言ったケニックがチタリに腰の短剣を引き抜き駆け寄る。
カキン
「二度目はない」
チタリがケニックの短剣を自分のまだ凍りかけの腕で受け止めた。
「……取り押さえろ!」
ゴウケンの言葉にベティが素早く動いてケニックを拘束する。
「何が起こったのだ……」
ターガツが私を見た。その言葉に全員の視線が集まる。
「え……絵本が……絵本が魔力を……」
「使徒様が奇跡を起こした!」
言い淀む私を見たリャルルがそう叫ぶ。
「奇跡……」
「使徒様……」
訓練場は何とも言えない空気に包まれたのだった。
「僕は……ケニックに後ろから刺されて……ここは……」
チタリがポツリと言葉を発しキョロキョロと周りを見回す。。
「ケニックに刺された!」
ゴウケンは嘘くさく驚いて見せる。
「ダンの監視をしていて……後ろに……振り返るとケニックが短剣を振り上げていて……背中に強い衝撃が……」
そう言ってチタリは自分の背中に手を伸ばす。着ていた服に穴が空き、そこには深い刺し傷があった。チタリの傷は治っていない。ただ血が流れる事も無かった。
「俺の体はどうなってるんだ?」
チタリの言葉にまた全員の視線が私に集まるのだった。
フリザの名字の振り仮名を間違えていました。不裏氷でした。




