退院
数日後、私は母親のリャルルの腕に抱かれて病院を出た。
その隣を猫人の父親ダンが嬉しそうに歩く。
『結局、前世では退院出来なかったんだよな……』
少し感傷的になっていた。
『猫……そんな話をした事は覚えている。でも本当になるなんて……』
私は産衣から出た自分の手を見る。そこには人の手と猫の手を合わせたような手が見えた。指は短めだが爪などは人の手の様に見える。しかし掌には可愛い肉球が有り、手首から腕に掛けて黒い毛が生えている。
見える範囲の全身も殆ど全ての部分に黒い毛が生えており、お腹の部分だけは何故か白い毛になっている。足は手とは違い見た目もほぼ猫のもので鋭い爪も有る。勿論、肉球も。
『本当に私……猫人なんだ』
ふと隣に目を向けると父親のあの猫特有の目と視線が合う。ニヤニヤと嬉しそうに微笑む口はからは2本の鋭い牙が覗く。頭の上には猫耳が生えていて顔は猫、その両頬に3本づつ生えている髭。顔の輪郭は少し人に近いが人間の耳は無く鼻は猫のもの。服を着ているところしか見ていないのでまだ全身がどうなっているのか実際には分からない。
見た感じ服の袖から出ている手は私の手と違い人の指は無く完全に猫の様でズボンの下から覗く足も猫そのもの。靴は履いておらず裸足で爪先立ちの様に歩いている。
私は父から私を大事そうに抱く母に視線を移す。
『母親は人間だよね? ケモ耳も生えてないし手に毛も無い。私を抱き上げる時に見た足下は確か靴を履いていた』
私は頭を悩ませた。
「ミャミャニャ ミャーニャー ニャミャ ニャ ニャ?」
『ここは どうゆう 世界 なの?』
「この子何故か不思議な泣き方する子よね」
「そうだな。不思議な子だな」
「そうよね。まるで私達に話しかけてるみたい。私達の言葉が分かるのかしら?」
「それはまだ無理なんじゃないか? でもリャルルの子だから凄く頭が良いのかも!」
「そうだと嬉しいわね」
「そうだよ! 将来はリャルルの様に魔法を使えるように……」
「ニャー!」
『魔法!』
『獣人がいるだけじゃなくて、この世界って魔法も有るの! ここはどんな世界? あの時、陸が言ってた異世界なの? 陸もこの世界に転生してる? 陸が死んだのは3年くらい前……私がいるって事は半年前に亡くなった竜も来てるの? もしかして私を捜してくれてる? ……でも……』
-前世-
-半年前-
「俺ももうそろそろな気がする。莉愛も外国に移植しに行くんだろ? 鈴1人にさせちゃうな」
竜はもうベッドから起き上がれなくなっていた。
「そんな事言わないでよ! 寂しいじゃない! 竜と鈴を置いてくみたいで嫌……」
「莉愛は手術して長生きしてくれよ。俺と陸の分も」
「うん……」
「鈴もな……」
「うん……」
「あの話、本当かな?」
「何?」
「陸が言ってた異世界の話」
「どうだろうね。有ると良いね」
「有るよ! 絶対! だって、竜、陸がいなくなってから勉強頑張ってたもん!」
「そうだよ。獣人の世界だろうからって動物の事調べたり、魔法が有る世界かもしれないって……魔法はイメージだからって言って他の勉強も頑張ってたよね」
「ハハ……そうだったな。有ると良いな……異世界。先に行って2人を陸と待ってるから。2人は直ぐ来るなよ! 俺が凄いドラゴンになって、魔法も凄くなって、異世界に名を轟かせて一目で俺って分かるようになってるから!」
竜は1週間後息を引き取った。12歳の春だった。