領主ターガツと将軍ゴウケンを欺け
「お帰りダン」
「お帰りお父さん」
「ただいま……忙しく……リンが使徒様か」
「止めてよお父さん」
「でもリンは使徒様なんだから。何でも出来るし、みんなに命令も出来るだろ?」
「使徒は何でも出来るとは限らない。それに私が使徒だからと言って誰彼構わず命令するのは無理、だから止めて……じゃあ……使徒として命令! 私とは前と同じ様に接する事!」
「はい……うん分かった」
リャルルと相談してダンには本当の使徒は私ではなくリャルルだと言うのは黙っている事にした。
リャルルも絵本に何かが書かれる事はもう二度と無いのだろうと思っている様で『使徒と名乗るのは嫌!』と言っている。
ダンとの再会は2カ月振り。あの日、私が使徒だと嘘を吐いた夜から3日。ダンの釈放には苦労した。
まずあの後ペコルにゴウケン将軍を呼んできてもらって私が使徒だと話し、信じてもらうのにリャルルが小声で『ブック』と唱え私の手の上に絵本を出現させた。
驚くゴウケン将軍と案内して来たペコル。2人は簡単に私の話を信じる。
次に夜が明けてからターガツと面会するためにリャルルは『本当は加速魔法を自分に使うの嫌なんだけど。老化が進む……』と言いながら嫌々自分に加速魔法を掛け産後の体調を戻のだった。
ターガツとの面会にはゴウケン将軍とタリア、領相のアラシ、それと何故かライア。そして私とターガツの間に騎士のバルナとベティが立ち、タリアを護る様に護衛騎士のベァーテス、ライアを護る様に白い牛の男性騎士。
「リン様を疑っている訳では無いが使徒様は領主を殺すために喚ばれる事があると伝わっているのでな」
「それでバルナとベティ?」
リャルルがターガツを睨む。
「仕方ないだろ。これでも無理を言ってこの2人に護衛を任せたのだ」
「それはリンが使徒様だと何かマズいの? だからリンと面識のある2人?」
「それもあるが……分かってくれ。いろいろ……リャルルなら分かるだろ」
「そうね。じゃあリン、絵本を出して」
私は胸の前に両手を出す。
「ブック!」
『ブック』
私の声に合わせてリャルルが小さく『ブック』と唱えて私の両手の上に使徒の絵本を出した。
「「オォ」」
「アッ」
「「まぁ」」
溜息の様な感嘆と驚きの声が部屋中に響き全員の視線が私の手の上の絵本に集まる。
「…………」
「使徒様」
「……使徒様だ」
呟く様な声が私の耳に届いた。
「使徒様の絵本のお告げです! 家族で白獅子の里にある国境の町に引っ越しなさい!」
リャルルがみんなに聞こえる様に大きな声でそう言い放つ。
「……家族で引っ越し?」
部屋中の私とリャルル以外のみんなの顔に理解出来ない雰囲気が漂う。
「説明してくれ……して下さい」
ターガツが答えを求めるように私を見る。
「あの……」
パタン……パラパラパラ
言葉に困っていると手の上の絵本が開きページが捲れる。
『リャルル?』
「リンそのページに何か書いてあるの?」
ウィンクするリャルル。
「あっ……この国で…一番魔族の国に近い町に……家族を連れて行きなさい」
「そこにそう書いてあるのでしょうか?」
「はい」
「本当か?」
「えっ」
ゴウケンが近付いて来て驚く私の手の上の絵本を上から覗いた。
「白紙じゃないか! 何も書かれていない様だが?」
「何を言っているのですか? これは使徒様の絵本。使徒様にしか読める筈がないでしょう。誰にでも読めてしまえば使徒様を脅して絵本を自由に使って読む事も出来てしまう」
リャルルが私の代わりに答える。
「使徒様を脅して読めなくとも、脅す事が出来るなら命令して読んでもらえば良いだろう」
「フフフ。バカなのかな? 使徒様が絵本にその状況を脱する方法を願えば絵本を読めない者達を出し抜けるんだよ」
「そうか、なるほどな。リャルル殿は使徒様の絵本に相当詳しいとみえるが何故だ?」
「私は長生きなのでね。以前にも他の使徒様と会った事がある。その時に少し絵本について聞いただけ……」
「ほぅ。その使徒様とはまさか魔王と呼ばれる者ではないだろうな?」
「それはあり得ないだろ? 私が産まれた時には既に魔王と呼ばれた使徒様は勇者と呼ばれた者に殺された後だったからね」
「詳しいな」
「当たり前でしょう。魔族に生まれてこの話を知らない方が変だと思うけどね。ゴウケン将軍は何をそんなに疑っている? まさか使徒様であるリンの言葉を疑っているのか?」
「いやまさか」
そう言うとゴウケンは私から離れて元いた席に戻った。
「他に使徒様を疑っている者は?」
リャルルが部屋にいる全員を順に見ていく。
「誰もいない様ね。それでは私の夫ダンの釈放を!」
「ダンの釈放?」
「当たり前でしょう。絵本には家族でと書いてあるのよ。ダンはリンの父親、家族なのだからダンも白獅子の里に連れて行く」
「だが、殺人容疑がな……そうだ、使徒様がこの町を離れる期限は決まっていないのだろう? それならダンが罪を償ってから……」
「それはどうでしょう。ダンは殺人容疑。もし罪が確定したなら死刑もあり得る」
ゴウケンは目を細めてターガツを見た。
「別の犯人がいるかもしれないだろう」
「別の犯人? ターガツ様は何かご存知なのですか? 例えば真犯人とか」
細められたゴウケンの目が大きく開きターガツを凝視する。
『ダンに殺人容疑を掛けたのはゴウケン将軍じゃなくて領主のターガツだったのか?』
コンコン
部屋のドアがノックされる。
「失礼します。猫の里から殺人容疑のダンが連行されて来ました」
部屋に入って来てターガツの前に膝を着いた黒豹の男性がそう告げた。




