姉になる
「俺が次の使徒かもしれない……それを確かめる方法は?」
「そこでダンには黒猫族の里に戻り、実家で絵本を持って産まれなかったか、それらしき絵本や本がないか調べてもらいたい。それとリン、本当に自分が使徒様だと思う様な心当たりはないか?」
「え?」
ターガツの言葉に私は上ずった声を出してしまう。
「何かあるのか?」
「い、いいえ……」
私は言葉を濁す。
「本当にですか? 言葉に詰まられた様ですが」
アラシから鋭いツッコミが入る。
「リン様!」
タリアからの圧のある視線。
「確かリンが産まれた時……何か私にしゃべり掛けていた気がする。ダンもあの時あの場所にいてリンの泣き方が変だと思わなかった?」
「…………」
リャルルに話し掛けられたが何か考えているのか言葉が耳に入っていない様だ。
「ダン? ダン!」
リャルルがダンの肩を揺する。
「ああ! 俺が使徒様の遺跡に惹かれたのってもしかして……俺が次の使徒だからか!」
ダンがまた大声で叫ぶ。
「ダン、大声を出すなと言っているだろ」
「はい。済みません……」
こうしてダンの大声で心配した領主の護衛騎士に執務室の外から声が掛けられ、私は前世の記憶がある事を話せなかった。
次の日、ダンはどこか嬉しそうに実家のある黒猫族の里に旅立って行った。
『ごめんダン。多分、絵本の使徒ってダンじゃない。多分、私が次の使徒。前世の記憶があるのが証拠だよな……でも絵本なんてなかったよね? リャルルもダンも知らないみたいだし……私が使徒だとしたら私の絵本はどこ? そもそも使徒は全員が絵本を持ってるの? 誰か教えて! そうだ! 洗礼式だ! 洗礼式で使徒の絵本に触れればタリアの様に声が聞こえて……あれ? 私って獣人族の洗礼式に参加出来るの?』
「2カ月も経つのにダンから何も連絡が無い! 私、もう直ぐ出産なのに!」
リャルルは黒猫族の里に行ってから全く音沙汰の無いダンに怒っていた。
「お父さん、何かあったのかな?」
「何か? ああ見えてダンは強いのよ? 何かって……いや、何かあったのかも。心配になってきた」
「連絡する方法はないの?」
「もう直ぐ出産だからか直接行くのは無理。ターガツ様に相談して誰かに様子を見に行ってもらっても往復だけで2週間は掛かるからな……」
「でも相談しないより良くない?」
「まあそうだけど。今から誰かに様子を見に行ってもらっても私の出産には間に合わないよ」
リャルルは出産を控えて産休に入っている。もう2、3日で私の弟か妹が産まれてもおかしくない。
「リンは平気? 私が入院したら1人になるよ?」
「それならピョコル先生に相談して保育園に泊めてもらう事にしたから」
この白山領の保育園には両親を亡くした子供を育てる施設を併設している。そこに私は一時預かりとなるのだ。
「え? リン1人で相談したの? そこはまず私に相談しないかな?」
「ごめんなさい。お母さん忙しいと思って、それと実はお父さんの事もタリア様に相談してあるんだ」
「ダンの事をタリア様に?」
「うん……赤ちゃんが産まれるのに、お父さんが帰って来ないって何かあったのかもと思って」
「そう……やっぱりリン、2歳とは思えないよ。本当は使徒様の事、何か隠してるでしょ?」
「……隠してないって。お母さんが私が産まれた時に絵本なんて持って産まれなかったって一番知ってるでしょ?」
「そうだったわね……本当は絵本を持ってたけど隠してたとかない?」
「無い無い」
内心ドキドキしながら前世の記憶がある事を未だに隠し続けている。『リャルルだけには前世の記憶の事を話しても良いかな?』と思った時もあったが、『ダンが帰って来てから2人に話した方が良いか』とか『前世の事を話してこれまでの関係に変化があるかも』とか『秘密がどこからか漏れた時にリャルルを疑いたくない』とか『前世の事をどこまで話せばいいのか』とか、いろいろ考えて黙っている。
リャルルの出産当日。
ダンは結局帰って来なかった。
リャルルは数日前から私の産まれた時と同じ病院に入院。私は保育園の一時預かり施設から保育園に通い毎日リャルルのお見舞いに行っていた。
「リンちゃんももう直ぐお姉ちゃんだね」
そう隣で話すのは私が産まれた時に最初に見た兎族の看護士パラル、保育園の担任ピョコルの姉だ。
「…………」
「心配?」
「そうですね」
「お父さんも帰って来なくてリンちゃん一人だもん心細よね。でも大丈夫! リャルルさんは強いし、みんな付いてる!」
「うん……」
深夜、リャルルに無事に子供が産まれる。男の子。私の弟だ。
私はいつの間にか病院の椅子で寝落ちしていて、朝目を覚ました時に初対面をした。
「可愛い!」
初めて見た弟は私と同じ猫族と人族のハーフ。猫耳はあるが顔は人。手足に毛は生えているが指は人と同じ指が付いている。肉球は勿論ある。
「可愛いでしょう。リンも同じ様に可愛かったのよ」
リャルルは弟を抱いて嬉しそうに微笑む。
「名前どうするの?」
「名前……ダンと相談して決めたかったけど……何やってるのよ……あんなにこの子が産まれるのに楽しみにしていたのに……」
「リンちゃん! リャルルさん!」
ピョコルが突然病室に駆け込んで来る。
「ピョコル先生、どうしたの?」
「ダンさんが捕まった!」
「捕まった?」
「そう。猫族の里で人を殺したって」
「人殺し?」
「ダンさんは無実だって言ってるのだけど、殺した相手がマズいの、ターガツ様の遣いでダンさんを迎えに行った白鼠チタリ。白の一族の一人なの」
「それはマズいわね。まして白の一族でも穏健派の白鼠族なのが……」
「ええ……」
ピョコルがそうリャルルと話していると病室の外が騒がしくなった。
「ここにリャルルが入院しているはずだ!」
「ここは病院です! 武器を持っては入れませんよ!」
「黙れ! 俺は将軍様の命令で殺人犯の共犯者を捕まえに来たのだ!」
外から聞こえる声は明らかにリャルルを捕まえに来たのだと分かる。
「リンちゃん、病院を出た方が良いわ。私が連れ出すから……」
「リンとこの子もお願い」
リャルルはピョコルに産まれたばかりの弟を渡す。
「ええ。リンちゃん行くわよ! こっちのドアから裏口に……」
「キャー」
隣の病室から悲鳴が上がる。
「ここの部屋じゃないか」
「何をしているんですか!」
パラルの抗議の声も聞こえる。
「早く行って!」
リャルルは私を見る。
「お母さん……」
「リン、弟をダルを頼んだわよ!」
私とダルを抱いたピョコルが病室から出て裏口から外に、そこにはもう一人の白兎が待っていた。
「ペコル。冒険者をしている私の妹」
「急ごう」
ペコルの後を私達は走った。
『どうなってるの? ダンが殺人容疑でリャルルがその共犯……』
不安のまま私は走るしかなかった。




