獣人族の洗礼式の意味
保育園に通い始めて数日。
白山領は洗礼式の季節を迎えていた。町もそして、保育園もどこか慌ただしい。
そして今日は洗礼式の最終日。最近まで保育園に通っていた卒園生が挨拶に来る日だった。
「ピョコル先生!」
白狐族の卒園生が訪ねて来てピョコルに抱きつく。
「ケンプくん?」
「はい」
「あんなに甘えん坊だったのに立派になったわね! まあ、甘えん坊なのは変わらないのかな?」
「へへへ」
「ピョコル先生、私もいますよ!」
灰狸族の女性がやって来た。
「ナトナちゃん?」
「はい! どうですか?」
「凄く可愛いわ!」
「先生!」
他のクラスにも次々卒園生が訪ねて来る。
そんな中、数日前に見た大きな赤熊族の姿が目に入った。
『ベァーテス? まさかベァーテスも卒園生? でも冒険者だったって言出たような……』
「ピョコル先生」
大きな体のベァーテスの後ろから1人の女性が現れる。
「タリア様」
ピョコルが聞いた事のある名前を口にした。
『タリア様? ベァーテスが護衛していて聞いた事のある名前……白い虎のタリア? え! 領主の娘のタリア! 確かに顔はタリアの様な気もする、でも姿が明らかに違う! タリアは背の高さも私より少し大きかったくらいだったのに、あのタリアは大人の白虎。こんな数日くらいの短期間にあんなに背が伸びるかな? 獣人はそれが普通?』
「……ン様? リン様?」
タリアと呼ばれた白虎人が隣に来て私の名前を呼ぶ。
「タ……タリア様?」
「はい。またボーッとしていらしゃいましたよ?」
「タリア様が私の知ってるタリア様じゃなかったから……」
「え? あ、あぁ、そうですか。リン様は洗礼式の意味をご存じなかったのですね。獣人にとって洗礼式は成人になる儀式なのです。洗礼式で使徒様の絵本に触れると体内の魔力を浄化してくれて、それまで抑えられていた獣人の成長を解放してくれるのです。ですから洗礼式が終わった獣人は本来であれば5歳までに大きくなる筈だった大人の体になるのですよ。そして正式に私なら白虎の姓を名乗れるのです」
獣人族の洗礼式をよく知らなかった私にタリアは優しく教えてくれる。
「フン! そんな事も知らないのね魔女の子は!」
「アイ様、リャルル様を魔女と呼ぶのはいけませんよ」
「魔女は魔女ですよ! 領主様やタリア様はあの魔女に騙されているのです!」
「そうでしょうか? ですがもし騙されているとしても私達の白山領が発展したのはリャルル様のお力が大きいのも事実です。魔族との戦争で疲弊していて他領に後れをとっていた白山領の今があるのは勿論白山領の人々の力や頑張りもあるでしょう、しかしリャルル様の助けを軽視するのは獣人族の驕りだと思います」
「グルルル……」
怒りでアイが喉を鳴らし拳を握る。
「そこまでです!」
鋭い視線のアイとタリアの間にベァーテスが入って手を広げる。
「アイも落ち着いて。相手はタリア様よ」
アンがアイの肩に手を置く。
「分かってるわ、アン。失礼しましたタリア様」
アイは頭を下げると目を伏せたままお部屋を出て行く。
「アイがすいません、ですがタリア様も洗礼式のお礼の挨拶に来たのでしたら喧嘩にならない様に気を付けて頂きたいです。失礼します」
無表情にアンも頭を下げるとお部屋を出て行った。
「ピョコル先生、お騒がせしました。リン様もごめんなさい……リン様にもう少しお話があるのですが……」
『タリアが私に話?』
「あの……」
「あ、はい」
「後ほど官邸の方へいらしてくださいますか?」
タリアは私にだけ聞こえるように耳元で小さく囁く。
「……」
私は無言でうなずき返した。
保育園が終わりダンが迎えに来ていた。
『タリアに呼ばれた事、ダンに何て言おうかな?』
「リン? 行くよ?」
「うん……」
「大丈夫、聞いてるから」
ダンはウィンクする。
『タリアから連絡あったのかな?』
「ピョコル先生、さようなら」
私はピョコルに手を振る。
「リンちゃん、また明日」
ピョコルも手を振り返してくれた。
「お父さん、行こう。タリア様が待ってる」
「あぁ……そうなの?」
「タリア様に呼ばれたって聞いてるんじゃないの?」
「いや、お母さんが保育園が終わったら官邸に連れてきてって」
「お母さん?」
「大事な話があるって」
「私に?」
「いや、俺とリンの2人にだって」
『何だろ? リャルルが官邸で話って。家じゃダメなの? やっぱりタリアが話の仲介? それならダンと2人に話ってのは変だよな?』
私は疑問を抱えたままリャルルの待つ官邸へと向かうのだった。
この日、私に思いも寄らない話が聞かされる。
それは私達家族にとっても重要な選択を迫るものだった。




