領主の娘
「俺は執務室に戻る。あまり仕事をサボっているとリャルルに怒られるからな」
ターガツは小声でバルナに何か伝えると最後に私に視線を向けて中庭にを去って行った。
「リャルル様はどこまで行ったのでしょう? 困ったわ。リンちゃんを1人には出来ないし……明後日の洗礼式の予定を組み直さなくてはならないし、ベァーテスを正式に騎士に任命しないと……」
バルナは私をチラチラ見る。
「私なら1人で大丈夫ですよ。母も直ぐ戻ると思います」
「そう? それなら……ごめんね。ベァーテス、ベティ、明後日の護衛の予定を詰めるから私の部屋へ」
「「はい」」
3人が中庭から姿を消して私と領主様夫人ライアと娘のタリアだけが残される。
「タリア、私達もお部屋に帰りますよ。明後日の準備も有ります。洗礼式用のドレスを決めなくては……護衛があの人の赤毛になってしまったからドレスも選び直しよ!」
「お母様、リャルル様の……リン様を1人で置いていっては可哀想です。リャルル様が戻るまで私達も一緒にいて差し上げましょう」
「……タリア、あの魔女の娘の事など放っておきなさい。本人も1人で大丈夫だと言っているのですから」
ライアは嫌な者を見るように私に視線を向ける。
「魔女なんて……お止めになって! お母様だけですよまだその呼び名を使っているのは! ごめんなさいリン様。母が失礼な事を」
ライアの言葉を咎めてタリアは私に話し掛けてくる。
「私は別に……」
そう答えようとした時
「先に戻ります! タリアが来ないなら洗礼式のドレスは私が勝手に決めてしまいますからね! フン!」
感情的な声で怒鳴るとライアは最後に私を睨んで行った。
「良いのですか?」
「良いのよ。お母様はいつもあんな感じ。リャルル様の事もいつも下に見る様な態度をとって困っています」
「……母は嫌われているのですね」
「皆が皆そうではありません、ですが魔族と戦争をして酷い目にあったと親やそのまた親などから伝え聞いて育った人も多いので……」
「タリア様は母を嫌ってはいないのですか?」
「ええ、リン様のお母様のリャルル様はとても聡明でお父様の仕事の補佐として有能ですし、私にも優しいのです」
「有能なんですね」
「そうですよ! リャルル様は先代の領主のおじい様の時もその前の領主様の時も白山領を支えてきたと聞いていますよ」
「知りませんでした、母はそんなに長く白山領で仕事をしていたんですね」
「先々代の領主様が冒険者だったリャルル様を騎士として抜擢されて、それから騎士の仕事だけではなく領主様を補佐して白山領の改革に力を貸したと聞いています」
タリアはキラキラした目でリャルルの話をする。
『リャルルはそんなに長く白山領にいるんだ……その前は冒険者してて……この世界の冒険者って何するんだろう? 魔物とか出る? そう言えばダンが前に絵本の使徒の話の中で魔物を創った使徒がいるとか言ってた様な……そもそも使徒って何? 絵本を持って生まれてくるって? 一瞬『使徒って私みたいな異世界人かな?』とか思ってたけど、私は絵本なんて持って生まれなかったし……』
「……ン様? リン様?」
「え?」
「どうかなさいました?」
「……え?」
「突然ボーッとされてしまったので」
「ごめんごめん。ちょっと考え事……すみません、考え事をしていました」
「それなら良かったです。リャルル様が来ないのでリン様が悲しくなってしまったのかと心配しました」
「いえいえ、それは大丈夫です。……あの……それから私を様付けで呼ばなくて良いのですよ。年下ですし、タリア様は領主のお子様なのですから」
「それはいけません。領主の娘だからと偉そうに振る舞うのは間違っています。お父様が領主なのであって私が何かして偉い訳ではありません。お父様はお父様、私は私ですから。それに洗礼式が終われば私も大人です」
「タリア様は5歳でしたよね? 5歳でもう大人なのですか?」
「そうですよ、獣人族は5歳の洗礼式が終われば成人です。リン様も……もしかしてリン様は魔族の血が入っているので洗礼式が終わっても成人ではないのでしょうか? 獣人族と人族の子供は確か大人になるのが遅いとボタランお姉様が言っていた気がします」
「タリア様にはお姉様がいるんですか?」
「いいえ、血は繋がったお姉様ではありません。私が勝手にお姉様と呼んでいるだけですよ。ボタランお姉様は白獅子族で白虎族の私とは仲良くしてくれていたのです。今は訳あって冒険者をしていますが……」
「冒険者! あの冒険者って何をするんですか? 父のダンも冒険者だったらしいのですが父は遺跡を調べていたと言っていたので、冒険者が何の仕事しているのかよく分からなくて」
「そうですね、冒険者と言っても様々ですから。基本的な冒険者は依頼を受けて魔物討伐なさったり、貴重な植物や鉱物、宝石を探したり、遠くへ行く人の護衛をしたりですかね。リン様のお父様のような遺跡の調査は珍しいと思います……」
「リン! ごめんごめん!」
タリアの話の途中でそう声がしてリャルルが走ってくる。
「ごめん……」
ショボンとしたダンがリャルルの後を着いて来た。
「うん……」
「タリア様とリンだけ?」
「みんな忙しいみたい」
「そうだね。洗礼式が近いからね。タリア様すみません、リンの相手をしてもらって、失礼はなかったですか?」
リャルルはタリアに頭を下げる。
「いいえ、リン様は大変しっかり者です。2歳と聞いていたのでビックリですよ。流石リャルル様の娘様です」
「そうですか?」
リャルルは嬉しそうに私の頭を撫でる。
「ではリャルル様も戻ったので私もドレス選びに行ってきます。リン様、またお会いしましょう」
タリアは礼儀正しく頭を下げる。
「はい。タリア様」
私もタリアを見習って丁寧に頭を下げた。
「私、タリア様をお部屋まで送って行くからダンはリンを連れて先に帰って」
「ああ……」
リャルルはダンにそう言うとタリアと中庭を出て行く。
「リン、帰ろうか」
「うん」
ダンは私と手をつなぐ。
「晩ご飯何が良い?」
「えーと……」
こうして保育園登園初日は沢山の出会いをもたらした。




