一・赤い路と少女
どうもはじめまして。志塚真緑と申します。
処女作ではありますが、更新を最後まで続け、作品を完成することを目指したいと思います。
手探りの作品ではありますが、どうぞ最後までお付き合いの程をよろしくお願いいたします。
一・赤い路と少女
赤い路がどこまでも続いていた。
茶褐色の荒野に一定の距離を置きながら、天へとそびえ立つかのように生えている岩山たちの間。
世界に今なお生存している数多の種族や、彼らと共に歩みを進めてきた荷馬や乗り物たちの足跡によって踏み固められ、高貴な者たちが歩みを進める貴人の赤絨毯のような一本の道が、枯れ切った色一つに染められた地平線の向こう側へと続いていた。
雲一つない蒼天の真上から大地を焦がすようにギラギラと差し込んでくる太陽の光から逃れ、落日を迎える時刻まで光差さぬ日陰に隠れているつもりなのか、地上を撫でるように吹き荒ぶ風以外に誰も居ない地上の赤い道を、ガタガタと木の軋む音と共に回る車輪の振動に体を揺らしながら進む一台の二頭立ての馬車があった。
力強くゆったりと歩を進める栗毛色の双子の馬に引かれ、旅の最中に数えきれないほど遭遇してきたであろう風雨や埃にまみれ、すっかり薄暗い色合いへと落ち着いた幌を付けた古くしっかりとした作りの木造馬車には、年季の入った帽子と外套をしっかりと着込んだ男が御者席に座り、節くれだった両手には手綱がしっかり握られていた。
幌と同じく風雨に晒されて薄っすらと汚れた色合いに染まっている男の外套は、南方の民が暑い地方で過ごすための厚手でありながら通気性の良いもので、帽子を深く被っているがそこから浅黒く長年の人生経験を積んだ者の跡が垣間見れるその肌にはうっすらと浅い傷らしきものが残っている。
また、馬の様子に時々目をやりつつ遠方を厳めしい視線で睥睨している様子は、まるで歴戦の兵のそれであった。
御者の男は荒野近くの街・ラジンと、オアシスの傍にある赤い壁に囲まれた街・ララシャを結ぶ交易路の道の間を、二頭立ての幌付き馬車一つで客と荷物を安全に目的地へと運んでいく寄り合い馬車の御者の仕事に就いていた。
元々は荒野近くに点在する小さな街の生まれで、寄り合い馬車の御者である父の仕事を物心ついた幼子の頃は父が座る馬車の御者台を母に抱き抱えられながらじっと眺める時間が多く、やんちゃな盛りになる頃には父と共に幌付き馬車と双子の馬の面倒を見るようになり、父が馬と馬車に不具合は無いか細かくチェックする様子を観察するのが日課になっていた。
更に青年へと成長した頃には、荒野の近くに位置している街の乗り合い馬車の寄り場へ馬車を留め、客と荷物を客室兼荷台へと乗せるポーター役をこなしたり、暇を持て余した客との会話やささやかな一芸などで場を和ませ、赤い日干し煉瓦の壁に守られたオアシスの傍に立つ都へたどり着くまでの間、厳しい荒野の風に晒されながらの交易路を進む馬車のムードを常に良い方向へ保つことで常に振動が酷い馬車の旅の苦痛を和らげようと努めていた。
そして、今は老いた父の跡を継ぎ、今代の寄り合い馬車の御者を長年勤め続けている。
生き物にとって厳しい熱光を放つ太陽のお陰で何ひとつ不穏な影が無いとは言え、不測の事態に備えて周囲に警戒の目を向ける彼の背中に、馬車の幌から明るくウキウキとした声がかかった。
「おじさま、暑くないですか?」
年のころは十六前後、赤毛を頭の真後ろに一つに結ったポニーテールのはきはきとした印象の女の子が幌の傍に居た。質素ながら荒野の旅に耐えうるであろう頑丈な作りのクリーム色の旅装に身を包み、腰元には服と同じ色合いのポシェットを括り付けている。旅装は顔以外の肌を一切見せぬデザインで、首元には百合をあしらった宗章を下げていた。もしかしたら修道女なのかもしれない。
長時間の馬車の御者台に座り、一人で二頭の馬と彼らが引く馬車の双方を完全に制御しながら目的地へ進む絶妙な操縦技術を披露する御者にとって慣れたものだが、大変気性が荒く、機嫌が悪いとすぐに喧嘩を始めてしまう程プライドが高い馬たちに馬車を穏便に引いてもらうか頭を悩ませていないと双子の馬たちは敏感に空気を感じ取って機嫌を損ねてしまうので、手の焼ける馬たちから目を逸らさないまま少女へと声を掛ける。
「ああ、大丈夫さ。馬たちの様子を見てないと後が大変だから、このままの姿勢でいることを悪く思わないでくれよ?」
「大事な相棒たちなんだ」
古い馬車にガタガタ揺られながら響く声は優しく、かつ楽しそうに少女の耳に伝わった。
次回、お楽しみに。