おさげなあの子は。
『初めまして、うちのことはねねって呼んでぇな』
『は、はあ』
おさげ髪の女の子に突然自己紹介された俺はそんな気の抜けた返事しかできなかった。
二度目の魔物大量虐殺後、一度目の反省を活かし、ラナの背中に乗って街の近くへ降り立ち、徒歩で向かっている途中の出来事である。
『あの、君は?』
『やから、ねねって呼んでぇな』
呼び方を聞いているわけではない。
そんな気持ちが表情に出ていたのか、苦笑気味にその子は続ける。
『お兄さんたちこの先の街に用あるんやろ?』
『あ、うん、そうだね』
そうだね、じゃなくて。
唐突に出くわした謎の関西弁おさげ少女にうまく言葉を返すことができずすっかりあちらのペースに乗せられてしまった。
『うちはあの街にお世話になっててん
案内してやんで?』
『あ、ありがとう』
ありがとうじゃなくて。
終始そんなペースで怒涛の関西トークにたじたじの俺と先ほどまで命を狙われていたため過敏に周りに注意を配るもん娘たちという構図が出来上がってしまった。
どうやらもん娘たちは会話に参加しないようである。
コミュ症の俺としては初対面の少女相手にこれ以上スムーズな会話は土台無理な話である。
『なんや、えらい険しい表情やなあ』
『あ、気にしないで』
…喋り始めにあ、って言うのやめたい。
そんなことを考えながらしばらく関西弁少女と会話のキャッチボール、というか一方的なところからしてドッヂボールと言っても差支えないだろう。
会話のドッヂボールをやっている最中に少女の表情が険しくなる。
『…お兄さんさぁ、うちは自己紹介してんねんで?
いい加減名前知りたいわぁ』
『あ、ごめん、佐々木って言います』
『いや、うち名前聞いてんねんで?
なに?遠回しにうちとは仲良うしたくない言うてんの?』
『…たかしです』
やけにぐいぐい来る関西少女への返答でいっぱいいっぱいになっているところで街の外壁が見えてきた。
早く街へ。太郎さんが恋しい。
なんでこんな外見は大人しめな少女に尋問まがいの会話をぶつけられているんだろうか。
というか、こんな街から離れたところで一人この子は何をやっていたんだろうか。
普通に危ないと思うんだけど。
『あの、君はなんでこんなところに…?』
『…』
むすっとした、明らかに不機嫌を隠そうともしないその表情に何かやってしまったのかと首を傾げる。
この子のことがまるでわからない。
『…うちはきみなんて名前やないねんけど?』
『あ、ねねさんはここで何やってたんですか?』
『…なんでさん付けやねん
ねねって呼んでぇな』
何か譲れないものがあるらしい。
初対面の女の子相手にいきなり呼び捨てはきついものがある。
勘弁してほしい。
『…ねねちゃんはどうしてこんなところに?』
『…まぁええわ
せやなぁ、強いて言うならたかしくんたちを待っててんやんか』
なんとかちゃん付けで許していただけたようである。
てか、君付けで名前呼ばれるなんて何年ぶりだろうか。なかなかに距離を詰める子だなあ。
クラスで密かに人気なあの子、くらいの地味目なおさげ髪の外見から外れたそのマシンガントークなギャップに返答するのでいっぱいいっぱいな俺。
なんで俺たちを待ってたんだろうか、太郎さん絡みかな?
…ん?俺たちを待ってた?
『…待ってたって言うのは?』
『ん?そのまんまやで?
そろそろこの辺りに来るやろなあ、思ててん』
なんでもないように言うその子の態度にああ、そっかあそろそろ来る思てたから待ってたんかあと一瞬流されそうになるのも束の間、一番に動いたのはネルドであった。
『…なに?これ』
『あなたを危険と判断しましたので拘束させていただきました』
言葉通り、首から下を糸で雁字搦めにされたねねちゃんは驚いた表情で問いかけてくる。
いきなり拘束されて少し驚くだけのねねちゃんは大物なのかもしれない。
『なぜ私たちがここに来ると知っているのですか?
待っていたと言っていましたが、本当の理由はなんですか?
大した力も持っていなさそうですが…
こんな場所に少女が一人でいるにはどうにも不自然な余裕振りですね?』
険しい表情で問いただすネルドに、ほかの四人も同意はしないまでも少なからず思うところがあったのだろう。
特に反応することもなく、ねねちゃんの言動に注意を払っているようだ。
『あらぁ、えらい警戒されとるんやね?』
『…質問に答えなさい』
若干表情を歪めたねねちゃんの反応を見るに拘束した糸を強めたのだろう。
そこまでしなくても、もし殺される前の俺だったらそう言っていたかもしれない。
けど、もうあんな想いをするのはごめんである。
俺が信じるもん娘たちの行動を最善であるだろうと傍観することにした。
『んー、そんなおっかない顔せんでぇな
…そやなあ、何言うても攻撃せんといてな?』
『…それは発言次第です』
『じゃぁ言えへんわぁ』
拘束され命すら掌握されているこの状況で少女はあっけらかんとそう言い切った。
その余裕振りにモノクルを掛けたふざけたあの男が重なる。
『ふざけ『だって絶対いいことないやんかぁ』』
ネルドの言葉にねねちゃんは真剣な表情で言葉を被せる。
『…まあええわ
うちの能力から先に話させてもらうわあ』
どういう心境の変化なのか、急に真剣な表情で語り始めるねねちゃん。
どうにも投げやりになったようにも見える。
『うちの能力はセーブ&ロード
名前の通り、RPGとかでよくあるやつ想像してくれたらええよ』
ルッソに感じたあの既視感はそういうことか。
ゲームでおなじみセーブ機能をこの子が本当に持っているとすれば確かに、この余裕は頷ける。
やけに納得した俺がいた。
能力はなんでもありなんだな、なんてそんなことを呑気に考えていた俺へ少女の続く言葉はあまりにも変化球過ぎた。
『そんでもって…うち玖のボスやねん』
打ち明けられたその言葉に殺気立つもん娘たち。
それでもいきなり絞め殺してしまわないところはさすがネルドであろうか。
『…玖のボスが一人でのこのことこんな場所で?
隠し玉でもあるんですか?
あなたを殺してしまうことで発動する呪い?
それとも深読みさせて時間を稼いでいるんですかね?』
『…誤解せんといてな
うちはたかしくんたちに敵意はないよ
ただ知りたいだけやねん、なんでうちらの命狙ってくるん?』
…なぜうちらの命を狙ってくるか?
そんなの当たり前だろう、ふざけているんだろうか?
俺たちを殺しといてなんて言い草だろうか。
ネルドの言う通り、挑発して攻撃させて初めて発動するタイプの罠なのだろうか。
『…どういう意図があるかわかりませんが、鼓動からは純粋な疑問が伺えましたので応えましょう
やられる前にやる、それだけです』
『やられる前に?
…んー、ちょい待って、意味わからへん』
どうにも煮え切らない。
この子が何を考えているのかまるでわからないけど、今の言葉には本気を感じた。
本気で何を言っているのかわからない、そういう表情をしている気がした。
てか、ネルドは鼓動に感情を見ることができるのか。
『意味が分からない?
ではその心に聞いてみてください』
『あ、ちょっ、待って!
あんたらうちのことくらいいつでも殺せるやろ?
本気でわからへんねん、ちょっと会話に付き合うてぇな!
それに殺したところでうちがもう一回やり直すだけやで?』
焦ったようにネルドに語り掛ける様子には嘘を感じられない。
なんともやりにくい。
『…いいでしょう
あなたの能力が本当かどうかは知りませんが、会話くらい応じましょう』
『おおきに
まず、うちのこと話させてもらうけど
能力はセーブ&ロード言うて死ぬか、能力を任意で発動するかでセーブしてた時と場所に戻ることができんねんけど
いきなり理由もなしにうちら問答無用で初対面のあんたらに三回殺されてんねん』
三回殺されている?
俺たちに?いや、殺されたのは俺たちだけども。
『…なんとなく掴めました
では、私たちのことも話しましょうか
私はあなたたちに一回殺されました』
『んん?
殺された?でも生きて…あ』
どうやら何かを閃いたらしい。
『ほーん、なるほどなあ
おんなじ能力が嫌な嚙み合わせで…ふむふむ
先に手を出したのはうちら、ってことやんな?』
『そうですね
いきなりあなたたちに襲撃を受けました』
…会話についていけないです。
『それは…けど、今のうちはあんたら敵に回す理由がないわあ
んー、なんて説明すればええんやろか』
悩まし気に眉間にしわを寄せながら、言葉を選びながら彼女は続ける。
『まず、あんたら強いわ、玖全員で掛かっても勝てへん
三回やり直して三回とも手も足も出んで殺されるくらいには差があんねん
そんな相手にうちが喧嘩売る理由がわからへん
あんたら殺したことにその周のうちにも何か理由があるんやろけど…その理由がわからへん
…あんたらからしたら殺された仕返しにうちらのこと殺してるんやろけど、この周のうちからしたら出会っていきなり殺されてんねん』
んん?
『説明がむずいなあ
まず、当たり前やけど、うちは殺人鬼やない
初めましての相手を殺すほど気狂いちゃうねん
けど、あんたらがいきなりうちらに殺された言うことは、あんたらと出会ってどこかのタイミングで殺す理由ができたんやろね
うちの能力の特性上、あんたらと出会うてからすぐに問題が起こって殺すこと決めたかもしれへんし、何年後かに問題があって殺すためにやり直したんかもしれへん
でも、ここにおるうちはあんたらと正真正銘に初対面やから…
今のうちからしてみればその理由は全く分からへんけど、こんなに力量差ある相手と敵対するって相当無茶やと思うねん
現に三回やって三回とも手も足も出えへんかったんやもん
一回殺し切ったってのが奇跡やと思うで、その奇跡を起こしたタイミングが最悪過ぎて今詰んでる状態やねんけどな』
うひひ、と特徴的な笑い方をする彼女が俺たちを殺した張本人とは思えなかった。
『うちの能力はやり直すことしかできひんけど、最強やった
…まあ、同じような能力持ったたかしくんたちの存在のお陰で詰んでんねんけど
ダメもとで言うわ、手ぇ組まへん?』
カラッと、なんとも清々しい笑顔でそんなことを宣う彼女の様子に俺たちは少し答えに困ることになる。
というか、話がややこしすぎてあんまり理解が追い付いていないというのが本音である。
同じく、フェリア、ラナの二人は険しい表情を浮かべながら眉をしかめているものの、心はここにあらずといった様子で頭から立ち昇る煙が幻視できる。
『…つまり、我らを殺したのは彼奴であって彼奴でないということ
いわば、我らを殺したのは何らかの理由で我らと敵対することを決めた、もしもの世界の彼奴等であって、
今目の前にいる少女はそんなもしもを知らない、純粋に我らとは初対面の気狂い集団の頭領であるということだ』
『気狂いて…
まあ、強く否定はできひんけども…』
そんなラナとフェリアの様子を見かねてか、リリィは状況を要約してくれた。
…もしかしたら俺のわかったふりにも気づいているのかもしれない。
『たかしくんらにうちと同じような能力があることを知ることができたことは大きいと思うねん
そんなこと知ってたらどうあっても敵にはせえへんやんか?
やから、もう本当に殺しといてなんやねんって話やのは重々承知なんやけども
絶対に敵対せえへん、なんにでも誓うから、お金で解決できるんやったなんとか工面するからさ
こう見えてうちお金持ちやねんで?』
今までの余裕はどこへやら。
確かに真に迫るような訴えにどう応えようか迷う。
…いや、迷っているというよりは、もう言うことは決まっているものの、殺された事実に、簡単に口にできないモヤモヤに理由をつけようとしているのかもしれない。
『…いいよ
ただ、これから先俺らに何か不利益があったと知った時点で終わりだから』
『言われんでも絶対に敵に回したないわ
…じゃあ、正式に言葉にするわ
うちら玖はたかしくんらに絶対的に屈します
好きに使うてくれてかまへんから、命は勘弁してください』
そうして俺たちはあの街の厄介者集団、玖を配下に置くこととなったのであった。