異世界について。
「あっは!すごいねぇ!」
『本当に申し訳ないです、腕吹き飛ばすなんて...』
『いえ、こちらこそいきなり銃口向けるなんて...』
実際に銃口を突きつけて腕を吹き飛ばされたルッソ本人はイムルナの治癒魔法で腕を生やしてもらいご満悦の様子。
本人は氷の義手がかっこいいと駄々を捏ねていたものの、銃口を向けられたとはいえ、腕を吹き飛ばしてしまった罪悪感に耐えられず無理矢理治療してもらった経緯がある。
その結果当事者のルッソはにっこにこで当事者以外のタローとたかしの二人がいつまでも謝り倒すというカオスな現場が出来上がっていた。
「いやいや、いいものがみれたよぉ!
最高の一発芸だったねぇ、氷の腕は残念だったけど、、合格!街に入ってよし!」
「...お前はもう、何も言うまい」
本人はいつも通り楽しそうにしており、怒りを通り越して呆れて物も言えないタローであった。
何をしでかすかわからない明らかにやばい5人を前に拳銃突きつける意味がわからない。
腕を吹き飛ばされて笑ってる感性はもうわかりたくもない。
『それで、街に入るのは断られるのでしょうか』
たかしのその質問にびっくりした表情をするラナ、フェリア。
なぜそこで驚く、人の腕吹き飛ばしといてなんで問題なく街に入れると思った。
『でもでも!殺さなきゃいいって聞いたよ!!』
『正当防衛は許可されてたじゃねーか!!』
どうやら2人にとってはセーフだったらしい。
まあ、たしかに俺たち以外の人間とのファーストコンタクトではあったわけだし、どんな可能性も追った結果の行動とすれば殺さなかっただけマシなのかもしれない。
『もう少し穏便にいこうな
たぶんあんなめちゃくちゃしなくてもリリィの一手で全て終わってたみたいだし』
1人ずつ何をしたのか聞いた結果、リリィが一番に拳銃を破壊していたことが判明した。その瞬間にラナの吹き飛ばしが入って確認はできなかったが、嘘をつく理由もないだろう。
振り返ってみればリリィ程度の防衛で充分だったのだ。
『しかし、すべての人間があのルッソさんのように無力化できるとも限りません
殺しさえしなければイムルナさんの魔法である程度元に戻すことも可能ですし、やはり今回の行動は最適だったかと思います』
『とはいってもなあ、限度ってもんがなぁ』
ネルドの言うこともわかる。
確かに一回壊して完全に無力化したところで回復させる手段もあるし、手加減して殺されては目も当てられない。
『まあ、少し心掛けてくれればいっかなあ
いちいち回復させてたら変なのに眼をつけられちまうかもだし』
『善処致しますわ』
この世界にはイムルナのように四肢の欠損を回復させるような魔法を使う者はそうそういないらしい。
存在しないというわけでもないらしいのだが、ただでさえも俺たちは目立つのだし、変なところで変なリスクは背負いたくない。
『それでは、この街の説明をさせて頂きます』
『お願いします』
色々ありすぎて忘れてしまいそうだったが、街に入る途中であった。これからこの街の説明が始まるらしい。場所を変えて室内に通される。
『では、短いですが、
この街であなたは自由です
以上』
『以上?』
『はい、以上です』
なんとも拍子抜けする。
自由ですか、そうですか。
『もちろん、度が過ぎる自由は身を滅ぼします
先ほどの約束にもあった通り、他人への不要な危害はそのまま自分に返ってくると思うべきです
あなた以外の人間も自由であることを念頭に置いておくことをお勧めします』
『なんか、その、身分証とか戸籍とか、そういう手続きはないのでしょうか?』
『ないですね
むしろ今までの身分というものが全く意味を成さないのがこの街です
お金、情報、腕っ節、あなたの全てを持ってしてこの街の居場所をぶん取ることを歓迎します』
せめてこの街の情報がほしい。というか、今のところ日本語が通じるのがこの太郎って人だけである。
こんな状況で暮らしていける気がしない。いや、もん娘たちがいればなんとかなってしまいそうな気もするが。
『と、まあここまでが一般の方への手続きとなります』
『は、はぁ』
『そしてここからはあなた、たかしさん向けの手続きです』
『俺向けの?ですか?』
なんだそれ、特別講習があるのか?
ヒトの腕を吹き飛ばさないように気をつけましょうとか?
『まず、そうですね
日本人に向けての説明ですが、
経緯はみんなそんなに変わらないです
気付いたらこの世界に居た
たかしさんもそうでしょう?』
『はい、そうですね
気付いたらベッドの上で』
『ベッドの上、ですか
運がいいですね、私は森の中でした』
おおう、なかなかハードなスタートを切った人でしたか。
『あと、その人によって特別な能力を与えられているようです
たかしさんの場合は、後ろの5人に関する何かかと推測しますが』
『ん?あ、なるほど、ええ、そうですね』
そうか、俺の場合はそもそももん娘達を使役している、という状況が与えられた能力ということになるのだろうか。
ん?じゃあ、あの部屋はなんだろうか?ま、いいか。
『あと、日本人の集会所として“未開の地”という食事処がありますので困ったことがあれば是非そちらへ』
『え、俺たちだけじゃないんですか?
いや、会話の内容的に日本人に複数会ってるような言い方でしたけど、この街に集会するほどいるんですか?』
『ええ、その辺も“未開の地”で詳しく話せるかと思います』
どうやらそこそこ同郷がいるらしい。
となるともん娘のことを知ってる人にも会いそうだな。
...なんか急に恥ずかしくなってきた。
『ここまでが同郷向けの説明です
そして、次は力を持ってる方に向けた説明です』
『はぁ』
力を持っているってのはもん娘たちのことでいいのか?
『先程の腕を吹き飛ばされた、ルッソですが
この街では上位の強さを誇ります
それを一瞬で無力化するたかしさんの強さが欲しいと思っています』
『魔都の外壁として、ということですかね』
『はい』
所謂スカウトというやつだ。
軽く話を聞いた限り、この街はどうも荒くれ者が多いらしいし、モンスターなんかもいる世界だ、強い人材ってのはそれだけでスカウト対象になるのだろう。
ここで、はいと言えば普通以上の生活が送れることは間違いないだろう。けど。
『すみません、お気持ちは嬉しいのですが、この街のことを何も知らないままにどこかに所属するのは…
あ、いや、太郎さんのチームを疑ってるとかじゃなくてですね!』
『ああ、いえ、わかります
今この瞬間に我がチームへってわけではなく、
私達はたかしさんを迎える準備がありますよと言いたかっただけですから』
『…ありがとうございます』
ここまでよくしてもらっていいのだろうか。
それほどにもん娘の力がずば抜けているということなのだろうか。
情報が少な過ぎてなんとも判断が難しい。
『ただ、そうですね
この街の純粋な武力ですが、”魔都の防壁“、”隣人の友“、”玖“の3チームが牛耳っていると思って頂ければいいです
私が知っているだけでもうちの団長、ルキナさん、玖の4人くらいはそちらの方々とタイマン張れるんじゃないかなと思っています』
『...どう思う?』
『うーん、実際にやってみないとだけど、
さっきの団長さんは骨が折れそうだなとは思ったかなー!』
『うむ、ルキナと言ったか、あの御仁は少々底が見えなんだ』
『どっちもインファイターぽかったからよくわかんねー!
けど、こいつはなかなかやりそうだぜ』
そう言って太郎さんを指さすフェリア。二番隊隊長って言うくらいだしそういうことなのだろう。
太郎さんの意見はそれほど的外れでもないらしい。
魔物の大群蹴散らして安心してたけど、この街ではあまり油断できるわけでもなさそうだ。大人しく穏便に過ごす方向でいこう。
『私が把握している中での話となりますので、
最低でも6人と認識してもらえればいいかと』
『そんなに脅さなくても変な真似しませんよ』
なんとも念入りに釘を刺されるなあとドキドキしながら会話する。
『ああ、すみません
同郷のいきなり力を持ったことで、調子に乗って身を滅ぼした人を見てきたもので
この世界の先輩からアドバイス的に受け取って頂けると』
『忠告、ありがとうございます
心に留めておきます』
今までは運良く対処できる相手としか対峙してこなかっただけで、これからもそうとは限らないわけで。
ひっそりと生きよう。
少なくとも変なことしなければこの街でもそこそこやれることを知れたことだし。
『あー、あと少ないですが、元手にしてください』
『え、いいんですか!?』
手渡された麻袋を見てみればそこそこの貨幣が。
価値がわからないからどんな反応がただしいのかわからない。にしてもタローさんいい人すぎでは?
『この街でお金を借りる、貸を作るというのは絶対的にタブーです
そこに漬け込まれて落ちるところまで落ちていった人間をこの街ではたくさん見かけます
このお金はたかしさんに差し上げますので、最初の足掛かりにしてください』
『ありがとうございます!
正直お金がなくてどうしようか困っていたんです!
でも、なんでここまでしてくれるんですか?』
これが貸を作るということなのだろうか?
無害そうな顔して後で毟りとられるのだろうか?え、もしかして今試されてる?
『正直価値のない人にはこんなことはしません
たかしさんは投資するだけの価値があった
ただそれだけです』
『...これを貸しにして後で強請ろうとか?』
恐る恐る確認してみる。やっぱりお金を貰わずになんとか自力でやったほうがいいのではなかろうか。
『はははっ
そうですね、それもあるかもしれませんが
…言ってしまいますと、
1番の目的は”玖“の連中に引き抜かれないための工作ですね』
『というと?』
玖ってのはさっきのルッソさんの所属しているチームのことだよな。
なんで引き抜かれないために俺に投資するんだ。
『すぐにわかると思いますが、
玖ってのは殺し盗み薬なんでもありのマフィア集団だと認識してもらえればいいです
そんなとこに最初の一歩目で躓いてる金のなる木が落ちてたらどうなるかなんて火を見るよりも明らかでしょう?』
ルッソさんそんなやばい人だったの?いや、確かに腕吹き飛ばされて笑ってるのはやべえとは思ったけど、薬でもやってるのかな、もしかして。
『だから最低限の軍資金を出しとかないとたかしさんのように”使える“存在は骨の髄まで奴らに啜られます
まあ、このお金は、そうですね
うちに入ってくれって意味合いよりも”玖“に関わらないでくれっていうお金です
もちろん玖を知った上でその判断が正しいか自分の目で確かめるのも止めませんが、この街でのファーストコンタクトが玖とかゾッとしませんね』
最初の何もない状態で目をつけられるのは避けたかった。
そういうことだろうか。
ルッソさんの腕吹き飛ばしといて今更みたいなところあるけど。
どうしよう、街中でぶつかって強請られるどころかこっちが腕吹き飛ばしちゃってる。言い掛かりどころか誠心誠意謝りに行かなきゃいけない案件なのでは。
『心配しなくてもルッソさんは自分から吹っかけて返り討ちにあったことを後で持ち出すようなことはしないと思いますよ
何かその件で言われたら私も現場に居ましたし、呼んでくれればどうとでもなります』
『その時が来たらぜひお願いします!』
なんとも頼りになる味方と出会えた幸運に割と本気で感謝した瞬間だった。
『では、私からの説明は以上です
何か聞きたいことはありますか?』
『では、この街の地図とかありますか?』
とりあえず腹が減ったし、同郷もいるとのことだったし、未開の地なる食事処に向かおうと思ったものの、この街の地理に疎いままでは路地裏にでも入ってひどい目に遭う気がする。
『ああ、そうですね
まずは未開の地に向かう予定ですよね?
私も丁度上がりますし、一緒に向かおうと思っていたところです』
『ほんとですか!?
知ってる人と一緒だと心強いです!』
この異世界に到着したのが朝ごろ、そこからほぼ半日かけて魔物の大群を殲滅してこの街に辿り着いたのが日が傾き始めた頃だったため、今はもう外が暗くなっている。
朝も昼も抜いている状態は普段では問題ないものの、意識を失うほど飢餓状態にあったわけで、そろそろ空腹がピークである。目がちかちかする。
『では、さっそく向かいましょうか
カレー、寿司、ラーメンまで日本で食べられるものは食べられますよ』
『それは楽しみです』
空腹の限界をとうに超えた俺は異世界の日本食に期待を寄せるのであった。