不思議な部屋だった。
「おらー!」
ラナの元気な声とは裏腹に俺の視界は地獄絵図と化していた。
部屋から出た後はひたすらに魔物を蹴散らすのみ。
主にはフェリアのトンデモ威力の魔法だったのだが、数も数であり、魔物が俺に近づくに連れて目の前で凄惨な殺戮ショーが行われることとなった。体感で半日近くは。
「これで全部かしら」
「うむ、なかなか数だけは大したものであったな」
どうやら終わったらしい。
目の前にはゴブリンやオーク、コボルトやオーガ、見たこともない魔物もたくさんあったのだが等しく物言わぬ屍となって横たわっている。
「うっ」
「たかしー、大丈夫かー?」
あまりの凄惨な光景に胃の中から何某かが込み上げてきそうであるが、なんとか押さえ込むことに成功する。
「だ、大丈夫」
「本当ですか?無理はなさらないようにお願いします」
ネルドは俺の背中を摩ってくれる。優しい。
「にしても大量だったなあ!」
「弱いのばっかたくさんいても全然張り合いないねー」
フェリアとラナは全く堪えてないようであった。
寧ろ不完全燃焼とまで言いそうな余裕の表情である。
「あらあら、思ったより多かったかしら
扉はどうしますの?」
「一旦閉じてみますか?」
イムルナとネルドの2人は扉に夢中らしい。
扉は開けっ放しで戦闘していたため、閉じるとどうなるかはまだ試していない。
「では我が」
そうしてリリィがなんの躊躇いもなく扉を閉める。
「ほわぁ」
「消えちまったぜ」
2人の驚きの通り、リリィの手によって閉じられた扉は初めからそこに何もなかったかのように姿を消した。
「我が主、こんなものが」
跡形もなくなった扉だったが、どうやら全く何も無くなったわけでもないらしく、リリィは黒ずんだ立派な鍵を手渡してきた。
「さっきの扉の鍵かしら?」
「たかし様、その鍵で先程の扉を呼び出すことは可能でしょうか?」
もん娘たちは俺の考えもしなかったことを一瞬で思いつくらしい。
なるほど、先程の扉の鍵なのか。
「お、おお、一回試してみよう」
期待の眼差しを背に受けながら、何もない空間に鍵を刺してみる。
「うお!?」
「すごーい!扉が出てきた!」
ラナの言う通り、何もなかったはずなのに、鍵を扉に指すイメージのままに扉が出現した。
なんだか俺が魔法を使ったみたいで興奮してしまう。
「なるほど、では鍵さえあればいつでもこの部屋へ訪れることも可能なのだな」
「...たかし様少し試したいことが」
「うん?いいぞ、何するんだ?」
どうやらネルドが何かしたいようなので鍵を渡す。
「では、私でも扉を開けられるのか、ですが
...問題ないようですね」
俺だけの能力、ってわけでもないらしい。
少し悔しい。
「このゴブリンを部屋に置いて、扉を閉めます」
「えー、何してるのネルドちゃん!」
「おいおい、部屋が汚れちまうぜ?」
山のように積んである死骸からゴブリンを取り出して部屋に投げ入れた。
この場はラナとフェリアの意見に賛成である。
ネルドは何がしたいのだろうか?
「すみません、この部屋を閉めた場合、どのような状態になるのか気になりまして」
「時間が停まっている
その可能性を追ったのだな?」
「ええ、その通りです」
ネルドとリリィはわかったような顔で言葉を交わす。
どうやらイムルナもピンときたようで腑に落ちた顔をしている。
「んー?どういうことー?」
「ばかにもわかるように言ってくれよなー」
ぐっ。
フェリアの言葉にダメージを受けてしまう。
お、俺はわかってるから!
わかったふりの済ました顔でネルドの解説に耳を傾ける。
「この部屋にいた時、外の世界、この草原の状況を全く感じ取ることができませんでした。
フェリアさんは魔力感知もできず、ラナさんの耳でも外の音を拾うことができず、自分の糸すらも感覚を失っていたのです」
そうだね。たしかにそんなこと言ってた言ってた。
「その状況を生み出す場合、私の頭に二通りの可能性が浮かびました
空間が隔離されている、または時間が隔離されている、です」
「あ、時間経過を実験してるってこと?」
「そうです」
なるほど。たしかに、部屋の中に引きこもってからしばらくしても何も起こらなかったもんな。
時間が停まっているってのは少し考えれば思いつくことか。リリィもそんなこと言ってた気もする。
「ということで、さっきのゴブリンの血がどのくらい部屋に拡がっているのか、というところですが」
がちゃり。
ゴブリンを部屋に投げ入れて数分経ったものの、入れた時と見た目は変わっていないように見える。
「不自然ですね」
「ああ、死してからの時間を鑑みてもそれほど血が固まっているようには思えん」
「それにしては全く変化がないわね」
どうやらそういうことらしい。
扉を閉めることで時間を隔離する部屋。
なんとも奇想天外な。
「ええ!?じゃあこの部屋でどれだけ寝てもこっちからすれば一瞬で起きれるってこと!?」
「この中でなら無限に遊べるってことか!」
2人の中では思いっきり寝るか遊ぶかくらいしか価値がないらしい。なんとも単純である。
「...イムルナさん」
「ええ、試してみますわ」
アイコンタクトで2人の意思は疎通したらしい。
イムルナは空いた部屋にあるゴブリンの死骸を外に出して部屋に居座る。
「では、すぐに開けます」
「ええ、ゆっくり待ってるわ」
そう言ってイムルナは手を振り、ネルドは扉を完全に閉めた。
「え?別れるのは危険って、」
「はい、それは再度出会える可能性が未知だったためです
扉を閉めても再度同じ部屋を開けることができたのはゴブリンのお陰でわかりましたので、この中で寿命のないイムルナさんに実験体となって頂きました」
無限の時を生きるイムルナならば、多少の時間の歪みであれば問題ないということか。
なんとも無茶をする。てか、俺にわかるように実験してください。
「では、開けます」
がちゃり。
鍵をくるりと回すと先程の位置から全く動いていない様子のイムルナ。体勢も全く同じに見える。
「...扉を閉めたと同時に開かれましたわ」
どうやらそういうことらしい。
ってことは鍵がある側の時間を正としているのだろうか。
扉を閉めた側の、という線もあり得る。
例えばこの鍵を持ったまま部屋に入って扉を閉めたらどうなるのか。
「では、妾が外で待ちますわね」
「たのむ」
今度は先ほどと全く逆である。
イムルナを草原に残して残りは部屋へ。
鍵は俺が持っている。
「では」
がちゃり。
扉を閉めて数分。特に問題はない。
やることもないのですぐに扉を開けてみる。
「...閉めたと同時に開きましたわね」
そういうことらしい。
パターンを全て網羅できているというわけでもないが、一旦はなんとなくのルールが判明した。
特にこれ以上何かを試す必要も感じない。
「えー、じゃあ鍵とか扉を壊しちゃったらどうなるのー?」
「...それは試すべきではないかと」
なんてこと言うんだよ。ラナは怖いことを真面目な顔でさらっと言うんだな。
「扉を壊すことはそうそうないだろうが、鍵は細心の注意を払うべきかもしれぬな」
「そうだなー」
てなると誰が持ってるのがいいのか。
「はーい!私が守るよー!」
「いや、ラナが持ってたら寝てる間にでも壊しそうなんだが」
どうやら俺の意見は共通認識らしく、ラナ以外のみんながうんうんと頷いていた。
若干悲しそうに尻尾を落とすラナ。ごめんな。
「では妾がこの身体に」
「スライムの粘液で溶ける可能性も考慮すべきかと思います」
心なしか重力に負けた様子のイムルナ。
若干落ち込んだらしい。なんかかわいい。
「となると我としてはネルド殿の糸にでも包んで持っていてもらいたいが」
「おー、それでいいんじゃねーか?」
リリィの提案はそのまま通ったみたいでネルドは必死になって鍵を糸巻きにする。
「そんなに巻いたら扉開けるの大変じゃあ?」
「はっ!?」
ラナのもっともな意見に赤面するネルドのかわいさよ。
普段しっかりしている人のミスというのはなんともギャップがあっていいものである。
「じゃあ、真っ直ぐ行こうか」
「よーし!出発しんこー!!」
元気いっぱいに宣言するラナを先頭に、俺たちは草原を歩き始めた。
「でも見た感じ相当な広さだぜー?
あたいたちはともかくたかしの歩きに合わせてたら日が沈んじまう」
「飲食を考えてもそうのんびりするわけにもいかんか」
「えー、じゃあ私に乗るー?」
によによと満更でもなさそうに尻尾を振るラナ。
どうやらみんなを乗せて飛びたいらしい。
「そうですね、それが一番いいかもしれません」
「まあまあ、妾がみんなを固定しますわね」
ということでみんなでラナの背に乗って飛ぶ運びとなった。
ただ、ラナが大きいとは言っても2mくらい。
どうあってもみんなを乗せて飛ぶには頼りないように見えるが。
「よーっし!竜化!」
そう叫んだラナの身体がみるみるうちに大きくなっていく。
これは。
「すげえ、完全にドラゴンだ」
「へっへーん!かっこいいでしょー!」
うん、かっこいい。
体調は10m以上か、みんなを背中に乗せてもきっと余裕があるだろう。
真っ赤なドラゴンがそこにいた。
「よし!じゃあ本当に出発だからねー!」
「おー!かっ飛ばせー!」
「あらあら、最初はゆっくりお願いするわね」
ばさりと、翼を動かすラナ。
風圧とかすごいのかと思っていたのだが、どうやら魔法的な何かで飛んでいるらしい。
そこまで振動を感じないし、一回羽ばたいただけで空中浮遊している。
「真っ直ぐいくよー!」
宣言通り、ゆっくりと、力強く、気付けば景色が一瞬にして後ろに飛んでいく。
イムルナの補助魔法のお陰なのか、ラナには元々背中に人を
乗せる機能でもあるのか。
全く負担を感じずに飛翔すること数分。
「んー?」
「どうしたのだ?」
何かに気づいたラナ。
「なんか街があるみたい!」
この世界における第一村人発見であった。