異世界の都。
他人の視点です。
魔都グラウゼン
力こそ全て、法などなく、故に自由であり、ある意味では差別がなく、最も多様な種族が共存する、広い世界で見ても歪で珍妙なバランスの上に営まれている都市。
暴力という分かりやすい力で名を挙げる者やそれらを金で従わせる者、何も持たずして何故か飄々と命を繋ぐ者に何か思惑があるのか力無い者たちを保護する者、それらに護られ家畜のような生活を強いられながらも生き延びる者。
絶妙な体系で回るこの街は、国に所属しているわけではなく、独自の生活基盤を築いているがゆえに、他所では生きられない脛に傷を抱えた者たちの顔も見受けられる。
犯罪者ですら拒まないこの街は、身寄りのない難民すらも無条件で受け入れるものの、街に馴染めない者たちはいつの間にかひっそりと姿を消す。それがこの街を出たからなのか、この世から旅立ったからなのかはわからないが。
「おいおい、そんなもん街で振り回しちゃ危ないでしょうに」
「う、うるせえ!おれは!おれは!」
高価なモノクルをつけ、紳士服に身を包んだ若い男性が、街中で大剣を振り回す大柄な、3mを越すほどの巨体を持つ巨人族の男を宥めている。
街のど真ん中であるため、道行く人も当然居るわけなのだが、その人々の反応は大体同じで、大剣を振り回す巨人族を見て警戒し、対峙する男を見て再度気の毒そうに“巨人族の男”へ視線を向ける。
「お金、貸したよねぇ?来月には返すって言うから先月待ってあげたよねぇ、僕は」
「こんな馬鹿げた利息の付け方あるかぁっ!!
5倍以上増えてやがるじゃねえか!!5割じゃねえぞ!5倍だ!!ふざけんな!」
この街で金を借りるという行為の意味するところは命を預けるということに他ならない。きっと巨人族の彼はこの街に来て日が浅いのであろう。外の世界の闇金が可愛く見えるほどにこの街の金貸しは理不尽を極める。
「それはそっちの言い分でしょうに
こっちは金を貸してあげた心優しい紳士だよ?
こんな大恩に唾を吐く行為は許せないなぁ、僕」
「何が紳士だ!!
返せねえとなると俺の身体は高く売れるとかほざきやがって!!」
身体を売るとは決してそういう意味ではない。さすがにこんなむさ苦しいでかいだけの巨人を趣味にするような物好きはいない。たぶん。
胡散臭い紳士は純粋に“巨人族の肉体”を売ろうとしているのである。
「巨人族の胃は頑丈で用途はたくさん、骨もなかなかどうして金になる
それになんと言っても巨人族の睾丸は一部の男性には素晴らしい効力を発揮する、本当に金の玉ってやつだねぇ
それだけあればすんなり利子分纏めて完済さ!」
「金返すために玉なしになるなんざふざけてんのかクソ野郎!俺の身体は俺のもんだ!」
正々堂々、正面からあなたの身体をバラバラにして売りますと宣言する紳士服の男に内心引きながらも大声で威嚇して自身を鼓舞する巨人族の男。
玉なしで済めばいい方だろうと言葉に出さないまでも気の毒そうに、この街を、“その男”を知っている周りの人間はそそくさとその場から避難していく。
「まあそんなカッカしなさんな」
「どこまでもふざけてやがんのかこの街は!」
周りの人間は金を借りただけで身体をバラバラにされそうな者を見て助けるどころか捌けていく。
そんな異常な光景に自分がとんでもないことをしてしまったのかと冷や汗を流す巨人族の男は、目の前の紳士服を着飾ったふざけた男に大剣を振り下ろした。
「先月言ったよねぇ」
なんでもないように、振り下ろされた大剣を軽く躱す紳士服の彼は無表情で大男を見上げる。
「次はないからねぇって」
銃声が一発と何か大きなものが倒れる音。
真っ赤で黒々とした液体が街中に流れる。
「おい!街中で何をやっているんだ!」
怒声に目を向ければ、全身を鎧に包んでいるとは思えないほどの速度で近づいてくる影。
声から女性だとわかるその人物は法のないこの街を自発的に守っている集団の一人であり、その集団のリーダーである。
“ある男”がまた何かやっているらしいという情報を元に急いで駆け付けたのだった。
いくらこの街に法がないとはいえ、こんなことを許していては街に人が留まることはないだろう。
彼女らは非公認ながらも自警団的な役割を担っており、この街唯一の良心といってもいい存在であった。
「お金返さないんだもん、仕方ないよねぇ」
悪びれた様子一つなく、人一人殺しておいてこの言い草である。いくらこんな街でも、白昼堂々人殺しをすれば彼女に拘束されること間違いなしである。普通の人であれば。
「だからと言って、、!!
もういい!“貴様等”は言ってもわからんのだろう!」
「あ、ちょっとルキナちゃん!その巨人族の身体は僕のものだからね!」
遺体を片付けようとする鎧姿の彼女、ルキナにそんな声をかける男。信じられないものを見る目で彼女は紳士服の男、ルッソを振り返る。
「いやいやいや、何か勘違いしてるところ悪いんだけど、巨人族の睾丸はお金になるんだよ」
「...もう貴様には何も言わん。
速やかに回収して消えろ」
「はいはーい」
もはや諦めたらしく、ルッソに全てを放り投げた彼女は嬉々として遺体を鞄に仕舞うルッソの様子を観察していた。
明らかに鞄以上の質量である巨人族がまるっと収納されていく。所謂魔法鞄と呼ばれるものである。
「血はいらないやぁ、あとはよろしく!」
「...斬り飛ばしてやろうか」
遺体を鞄に詰めた跡には夥しい量の血液が残っており、これを掃除するとなると結構な労力である。
本気でこの男を斬って捨ててしまおうか。
そんな思考に辿り着きそうな彼女へ更に言葉を告げるルッソ。
「あ、お返しってほどでもないけど
婆さんが面白いこと言ってたよ」
「…婆さんとは、仮面族のか?」
「そうそう
なんかやべえ5人の女の子を引き連れた男がこの街で何かしでかすんだってさぁ」
仮面族とは占いを生業にしている一族であり、中でもこの街にいるその長の言葉は精度が異様に高く、もはや未来予知に近い。
そんな仮面族の長の言葉はこの街の一部の人間にとって非常に重要で、今までもその言葉に何度救われたものかわからない。
「なにか?」
「それが理の外からきたとかで捕捉が難しいらしくって、プラスに働くかマイナスに働くかすらも見えないんだってさぁ
ね?面白いでしょ?」
そんな未来予知にも等しい確かな精度を持った占い師からしてもよくわからない存在だという。
今まで彼女がそんないい加減な予言をした記憶はなく、確かに頭のネジが一本か二本か外れたこの男にとっては面白い内容なのだろう。
「わからないってのは素晴らしいことさ!
先のことがわかっちゃ楽しくないからねぇ」
「楽しくないと言っておきながら予言には耳を傾けるのか」
「ふふん、何も知らないってのはただの弱ささ!
ある程度の情報は掴んでおかなきゃ遊ぶにしても後手に回っちゃうよ?」
どうやらこの男なりのルールがあるらしい。
はぁ、と溜息を溢すルキナ。
「わかったから私の前から消えてくれ、斬ってしまいそうだ」
「ひー、こわやこわや」
どこまでもふざけた態度のままに路地裏へ向かうルッソとその後処理をするルキナ。
「...いつか絶対斬ってやる」
この街の良心である自警団の隊長ルキナ。
その彼女を持ってしても容易に罰を与えることができないルッソには大きな理由があった。
この街には誰が聞いても知っている三つの顔役が存在する。
ただ力を持っているというわけではなく、もはやこの街の人間はその三つの集団のいずれかの庇護下であると言っていいほどで、何の力も持ち合わせていなかった魔都グラウゼンをうまく回している存在。
一つがこの街の良心、自警団“隣人の友”
言うまでもなくルキナをトップとしたこの街の治安を維持する集団である。彼女らが最低限の命の保証を示してくれるからこそ、この街はここまでの発展を遂げることができたと言っていい。
次に“魔都の外壁”
これはこの街の外、魔物や他国といった外敵を叩き潰す役割を担っている。彼らのおかげでこの街が潰れることなく、隣国からの侵略を躱し続けることができたと言える。
とは言っても、ただ暴れたいだけの獣のような集団とも言えるが。
最後に“玖”
こちらは悪い意味でこの街の有名処となっている。
名前の通り団員は9名のみ。その内の一人がルッソである。
大体この街に厄介ごとを持ち込むのがこの9名であり、普段は好き勝手に暴れている。
きっと頭のネジが数本飛んでいるのだろう。
“隣人の友”のメンバーはいつもこの9人に手を煩わされており、はっきり言って仲が悪い。可能であれば街から取り除きたい害だと思っている。
中途半端に力を持っているのも憎たらしい。
純粋な戦力として見た場合、たった9人でそれ以外を手玉に取って放置されている集団である。本気で潰すとなるとその被害は計り知れない。
「5人の女性を引き連れた男、か
これ以上仕事が増えないといいのだが」
予言によれば良いとも悪いとも判断し辛いものの、”玖“よりはマシだろう。きっとそうに違いない。いや、そうでないと困るというのがルキナの本心であった。
「あ、ルキナさん、玖の誰かでも斬ったんですか?」
茶化してくるのは”魔都の外壁“の2番隊隊長タローであった。この街では珍しく凹凸の少ない顔をしており、なんとも柔らかい印象を受ける。身長もそこまで高くなく、黒目黒髪のタローを見て”魔都の外壁“の隊長を担っている程の実力者であることに気付ける者がどれほど居ようか。
「…その憎き”玖“の尻拭いだ」
「…そうですか、私も手伝いましょう」
そう言って洗浄の魔法を行使するタロー。
彼は魔法の才に優れており、粗暴な者の多いこの魔都の中でも非常に好感の持てる存在である。
彼の行使した魔法のお陰で一瞬で血痕は消え去る。
「かたじけない。手伝うどころか全てやってもらってしまった」
「いえ、ルキナさんのためならば、このタロー奴隷にだってなってみせましょう」
「またまた、冗談が過ぎるぞ」
フルフェイスの下の彼女の顔は非常に整っており、タローの言はそれほど冗談ではないことをルキナただ一人だけが知らない。
「タローは今日非番だったのか?」
「ええ、最近噂のカレーライスを食べに行こうとしていたところでして!」
鼻息荒く宣言するタローは普段のローブ姿ではなく、休日然りとした普段着であった。
どうも、”かれーらいす“という食べ物がこの街には存在するらしい。
「最近は不思議な食べ物が多いな。
私はこの前、”すし“という食べ物を頂いたのだが」
「おお!寿司!生魚ですよね?よくいけましたね!」
「いや、私は玉子焼きがのっているものしか口にしておらんでな、生魚は少し怖い」
「たしかに、生魚は流石にハードル高いですよね!
でしたらハンバーグ寿司とか、カルビ寿司とかいいかもしれないです!
今度、加藤さんにお願いしてみます!」
「カトーさん?もしかしてお知り合いなのだろうか?」
カトーという人物がすしなる食べ物を開発したその人らしい。
「ええ!加藤さんはこれからもたくさんの新しい食べ物を創作してくれる素晴らしい方です!
最近噂のカレーライスも彼の作品なのですよ!」
「は、はあ」
普段はどちらかと言うと大人しいタイプであるタローの力説に若干引き気味のルキナ。
カトーと言う人物の作る料理がそれほど気に入ったのだろう。
「それでは、私はそろそろカレーライスを食べに行きますね」
「おお、感想待っておるぞ」
この街で最近いきなり頭角を表してきた“未開の地”なる食事処。
その店主の作り出す様々な料理はどれも新鮮で、ここ魔都の話題を一気に攫っている。
タローもその例に漏れないようで、普段のどこか落ち着いた礼儀正しい彼からは想像もつかない熱い語りに口角を上げてしまうルキナであった。
「...なんだか珍しいものを見てしまったな」
若干浮き足だった歩みを見せるタローの後ろ姿に、普段の冷静な彼を知っているルキナは、若干の驚きに今までの感情の荒ぶりが消散していくのを感じていた。
「泥棒だ!!そいつぶっ殺してくれ!」
「...せっかくひと段落したのだがな」
いつもの魔都の日常に強制的に戻された彼女は、八つ当たりのように盗みを働いた相手を乱暴に捕獲するのであった。