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第8話 黒崎


 烏丸を追い詰め、そこに黒崎が参戦した。

 だが、はったりを使って烏丸と黒崎を分断した。烏丸は向こう、そして黒崎はこちらで相手をする。

 土台、信頼関係など始めからないから、分断してしまった方が逆にやりやすい。それは向こうも同じだけど、片方が狙われているうちに両方潰すとう真似ができる。

「――よくもやってくれたね、灰原」

 つまり、やりこめられたと言うわけだ。

 あざやかにしてやられたのだから、当然相手を睨む目には力がこもっていく。

「は。騙されるほうが悪いんだよ」

 相手は風、こちらは爆弾と破壊。頭数で言えばこちらが有利だが、数がそのまま優位に直結するかと言うとそうでもない。

 こちらは二人が死なないように動かなくてはならないのだから。

「……まずはあんたから倒して、次はあいつら! ゲームをクリアするのは私よ! 『謳え』」

「ゲーム感覚の馬鹿女が……『砕け』」

 風を破壊した。近距離しか攻撃が届かないが、防御能力はアーティファクトでのトップを争える。

 この力は接近しないと意味がないから弱いばかりとは言えない、むしろ能力は強弱よりも扱いやすさで語るべきかもしれない。結局は強い弱いよりも、使い方だ。

「――ち。なら、これはどう? 『謳え』」

「無駄だ。『砕け』」

 真空の刃が三つ。だが、アーティファクトが生み出したものは扱いとしては一つになる。

 それは、夜の間に亜優に何個も爆弾を出してもらって確認した。

 殺し合いまで行って、それで腑抜けて何もしない灰原ではない。むしろ、生き延びるために何でもやる。

 実験したからこそ、迷いはない。

「調子に乗るな! 『謳え』」

「それはお前の方だ。『砕け』」

 風を破壊する。

 状況は膠着状態だ。しかし、そのまま押し通せるかと思ったら甘いのだ。しょせん、風すら砕けても灰原の力は指が届く範囲にしか使えない扱いづらい能力だ。

「――っは! けれど、隠し通せるなんて思うなよ。近づいてこない理由があるんでしょ? あんたはそれ以上私に近づくと反応できないんだ! お前は触れなきゃ私を殺せないけれど、私が近づけば防御は間に合わない!」

 ずん、と音がしそうなほどの一歩を踏みしめた。

「……」

「油断なんてしないよ。確実にポイントを取るわ」

 ゆっくりと近づいてくる。灰原はじりじりと下がっていく。

 だが、灰原に後ろ歩きのスキルなどない。それはあまりに遅くて、すぐに追い込まれる。

「……やれ!」

 叫んだ。灰原は一人ではない。攻撃役は別にいる。

「まさか、あのガキ!?」

 灰原の後ろを見る。

 眼を閉じて、集中していた。

「……『爆ぜろ』」

 今度の手榴弾は丸い。投げた。

「こけおどしばかりで!」

 もう歩き出している。今更逃げられない、迎撃する。 

「――っ!」

 灰原はすぐに伏せる。

「今度は騙されない『謳え』」

 風のカーテン。だが、爆発は風を突き破った。

 亜優の性格は臆病で、それゆえに優しい。だから、今までの爆弾は殺傷用ではなかった。

 けれど、信頼する大人にやれと言われて断ることもしない。

「……あ! あああああ!」

 火傷を負う。転がり、苦しんで――叫ぶ。

 明らかにファイヤーボールよりも強力な一撃が風のカーテンを突き破って彼女を火だるまにしたのだ。

「は。今度も騙されてくれたな。どうもありがとう」

 あざけるように言葉を吐いて走り出す。

 このままとどめを刺す。このまま放置する気はない。気絶してくれるなら、まだ殺さずに済む可能性はあった。

「っぐ!この――させるか! 『謳え』」

 だが、まだ眼が死んでいない。

 彼女は痛みに耐えて反撃を選択した。

「……ッチ!」

 横っ飛びに飛ぶ。制御が甘かったのか、目をつぶるほどの風が横切った。

 収束がまったく足りていない風は人を殺せないが、しかし動きを止められたらハンマーのように何度も振り下ろされてぐちゃぐちゃになってしまう。

「まだ……! まだ、負けてない。ゲームオーバーじゃない。冗談じゃない、私がゲームオーバーなんて……! 『謳え』『謳え』『謳え』」

 灰原は走ってよける。

 ほとんど妄執の域に達していた。これほどのアーティファクトの連続使用はありえない。

 発動はトリガーワードを口にするだけではない。

 ”何か”が、ついでに体力と一緒に吸い上げられていく。一種の虚脱感を覚えるのだ。だから、連続発動は普通はしない。

「……っち! いい加減に、終われ!」

 転がっていた椅子を投げる。エントランスだから、投げるのに手ごろな椅子を見つけるのに苦労する。

「そんなものが、私の終わりなんて認めない! 『謳え』」

 砕かれた。

 千堂の時と一緒の手口だったのだが。芸がないというべきか。

 雷は物理的な力はそこまで持っていなかった。その分制御性に振っていた。アレならば逃げる灰原を捉えるなど造作もなかった。

「まだ、まだだ! 『謳え』『謳え』……」

 何度も使う。何度も何度も何度も。

「あ……!」

 その数が20を超え、30に届こうとしたとき、動きが唐突に止まった。

「なんだ……?」

 すぐ動けるようにして遠ざかる。……様子を見る。

「うあ――あ。ああああ」

 彼女はがりがりと顔をひっかいている。瞳は何も見ていない。だらだらとよだれを垂らして、もはや正気とも思えない。

「ああああ」

 がりがりがり。

「ああああああああ!」

 がりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがり――

「……っひ!」

 亜優が悲鳴を上げる。

 黒崎の爪は皮膚を破いて、肉まで届いてもまだ偏執狂的にひっかくのをやめない。どこまでも、いつまでも……白い神経が見えるまで抉ってもまだ気が済まないのか止まらない。

「あああAAAAhhhhhhhaaha」

 声がひずんで、人間の可聴域を超えた。

 びちゃびちゃと血が彼女の足元に溜まっていく。

「……お、おじさん――ッ!」

 ぎゅう、と亜優がシャツを掴んで背中に顔を埋めた。

 見ていられない。

 こんな悲惨な光景。これがアーティファクトを乱用して正気を失ったものの末路。正気を失い、狂気へと堕ちた人の姿。

「――」

 もはや声にもなっていない。

 ぐじゅぐじゅと肉をかき混ぜる狂気の音が響く。肉片が落ちてびちゃ、という音がするたびに亜優が身を震わせる。

「楽にしてやろう」

 もはや彼女は瞳に何かを移すこともない。

 頭をこつりと小突いて、ばしゃりと崩れ落ちた。



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