第7話 決戦
作戦は決定した。
黒崎は放置、烏丸に速攻をかける。
だが、確認すべきことがまだあった。
「待った。君たちのメモを見せてくれ。さすがに何も関係ないとは思えない」
ロッカーに入っていた手紙。
生き残りデスゲーム、そしてアーティファクトを使えとの意味深な言葉。
そして、それぞれのメモで収集したの11中5つだ。
――見取り図、タイムリミット、猟犬、アーティファクト、破壊不能オブジェクト。
「そして、このスマホは緒方のものだ」
灰原は緒方を殺した後、スマホを入手していた。肉片どころか完全に砕けて血のスープになっていたところにスマホだけが転がっていたから回収した。
「開くぞ」
そして、正気を侵すような曲がりくねった文字の写真。
『アーティファクトは鍵
鍵は壊せない』
鍵、素直に解釈するなら”これを使って殺せ”ということに他ならない、そして、王一つの事実、アーティファクトは能力では砕けない。
「ーー」
枢木は難しい顔をしている。
観念したようにスマホを差し出した。
「なんだ? 別にもらう必要はないが……」
スイッチを入れる。
……動かない。
「電池切れか? もしかして、懐中電灯の代わりに?」
「いいや。始めからその状態だ。そして、俺のアーティファクトにも能力はない」
「何?」
おかしい、と思うが……しかし、そういうこともあるかもしれない。
犠牲者枠は小学生女子だけでなく、彼”も”か。
「疑うか? 都合の悪いことが書かれていたから隠すために壊した、とか」
「いや、信用する」
人を見て、というものではない。灰原はあまり人を信用する性格ではない。
だから、信用したのは状況。”2対3”、それも上昇するエレベーターに追い立てられてのことだったから簡単に殺せた。という。
アーティファクトの数でいえば2対2だが、ほかならぬ灰原はアーティファクトを使わずに人を殺してしまった。
それの有無は有利不利を生むが、決定的ではない。
「ありがたい」
大して、こちらは元々人を疑うということをしなさそうだ。
理想に燃える若者、という感じが十二分に伝わってくる。自分の熱意を伝えれば考えも伝わると思っているような男だ。
「……それで神崎の方は?」
スマホを返しつつ、神崎のほうに水を向ける。
「私のは、これ」
スマホを操作して、メモを表示させてこちらに向ける。そこには全員分の能力が書いてあった。
『狼』、『氷の槍』、『火の玉』、『雷』、『風』、『破壊』、『大力』、『爆弾』、『疾走』、『大声』、『』
空白、つまり能力なしを含めて11個。これがアニメであれば、窮地に『』の真の力が発動したりもするのだろうが、それはないなと灰原は首を振る。そんな”好意的”であれば、小学生女子は巻き込まない。
これで、分かっていないのは、烏丸と黒崎のメモを残すのみ。
「つまり、『狼』のアーティファクトを相手にしなくてはならないと。……能力名から思いつくことは?」
「ない。古賀を爪で引き裂いていた。強力な身体能力と強靭な爪が武器であるのだろうが……奴は風を操っていた」
「亜優の爆弾を防いだ時だな? 確かに風を発生させていた。狼の特性としてはかみ合わないな」
「特性?」
「そもそも、狼は風なんて発生させない。アーティファクト独自の性質なのだろうが、風というと黒崎の能力だ」
「黒崎が邪魔をした? あの時点では正気を失っていなかったと思うが」
「もしかすると、ジョーカー的な能力……アーティファクトの能力を全て使えてもおかしくないかもな」
「なるほど。他の10名全てを相手にしてもかまわないから、あそこで牙を向いた。あり得る話だな、決して烏丸は愚かではない。自身の源が全ての力を使えるだとするなら納得がいく。であれば、どうする?」
「それこそ力押しだ。数に任せて叩くしかない。それに、あそこで見た風の能力は明らかに黒崎に劣っていた」
「……あなたの方がこういう事態に詳しそうだな。作戦をお願いしたい」
「バトルなんて漫画でしか見たことがないがな。まあ、作戦を立てるとしたら……来栖と神崎は後衛で、他が前衛。ただし、二人にはチャンスを狙わず物量で潰してもらう。こちらは囮と、隙があれば突くくらいか。間違っても射線を塞いではいけないから、囮組は攻撃は消極的に、と言ったところか」
「なるほど、来栖と神崎もそれでいいか?」
「「……」」
二人とも頷いた。
「月宮」
「うん、いいよ。おじさんが言ったとおりに動く」
「では、作戦を始めよう」
扉を開ける。
この階には降りていないのは分かっている。
非常階段に通じる扉を開けて、待ち伏せがないかを確認する。
ここにいる誰もが軍隊の薫陶を受けたわけではない。潜み隠れるというのも技術がいるため、居れば息遣いが聞こえる。
「……よし、行こう」
階段を下っていく。
まず一つ目の賭け。ここで階段を下りていく途中に黒崎が階の探索を終えた場合、階段で鉢合わせすることになる。
クリアした。
下まで降りて、扉を閉めた。
「……よし、来栖、神崎を中心に――人影が見えたらアーティファクトを使ってくれ」
「了解」
「はいはい」
そして、突入。
「はっはぁ! 生きのいい奴が来たぜェ。俺と――」
烏丸の声。待ちかねていたと高笑いするが、聞く耳はない。
「『凍れ』」 「『灼け』」
人体を丸ごとの見込める火の玉、そして6本の氷の槍が殺到する。
「チィ――おしゃべりする気もねえってか、早漏野郎どもめ! 『戯れろ』」
狼への変身、そして……
「うらあ!」
火の玉を殴り消した。おそらくは風の力を併用している。
氷の槍は逸れていった。数を用意できても制御性に難があるらしい。
「『凍れ』」 「『灼け』」
だが、それは予想範囲内だ。
チェスのように一手一手を進めて、格好良いチェックメイトなんて狙わない。
ただ物量をぶつけるだけだ。……相手がミスをするまで、もしくは小さい怪我を重ねて動けなくなるまでいつまでも。
「無駄だって言ってんだろうが!」
次は氷を殴って砕いた。灰原のアーティファクトの破壊能力だ。
「まずはテメエだァ! お高く留まりやがって、男なら拳で勝負しろお!」
狙われたのは枢木。人を切り裂いた爪が彼に迫る。
「枢流柔術・朱雀」
爪を受け流し、喉元へ拳を放った。
「っが! テメ、クズのくせに――」
声がひしゃげる。まともに当たったら呼吸もできない。
けれど、狼男特有のタフさで乗り越える。
「貴様は人を殺した。ならば、この人殺しの力でしかない枢流を振るうことにためらいはない!」
それは歴史の闇に葬られた殺人術だった。
どうすれば人を殺せるかなど、今の平和な世には必要ない技術だ。だが、彼の家は代々それを引き継いできた。
そして、殺人技術と言う今の世には必要ないそれを修める自分のことを塵屑と見定めるからこそ、誠心誠意生きてきた。しかし、極悪の殺人者を前に枷を外すときが来た。
「全員、死ね……!」
雷の力。だが、千堂のものよりも弱い。足を止め、舌をもつれさせれば爪で引き裂ける。
これこそが狼の力、単純にたくさん能力を持っているから対処できない。
雷、風、氷どれも対処方法が違うからこそ、見誤るだけで終わってしまう。互いに殺し合いに関して素人だからこそ、できることが多い方が有利なのは言うまでもない。
「させんよ」
灰原が雷を”殴る”。手ごたえもないが関係ない。
この破壊能力はアーティファクトにより作られた現象にまで及ぶ。雷はあっけなく散った。
そして、多様性を覆すとしたら人数差だ。相手は10の能力を自在に使おうとも、こちらには10本の腕がある。
「この……ッ!?」
風切音を耳にして振り向けば、氷の槍が向かってきていた。
「くそ! ぎ――ッ!?」
殴る。能力を発動させる余裕もなかったのか、氷に振るわれた腕からボキリという破砕音がした。
当たり前に、性能差は人数差によって覆された。
「枢流・青龍」
そして、己たちが素人だと思うからこそ、油断はしない。これくらいやればいいだろう、は経験不足で必ず見誤るのだから、やりすぎる選択一択だ。
高速の蹴り技を放った。威力はさほどない、だがそれは折れた腕を正確にとらえた。
「ぎゃあーーッ!」
悲鳴。
いかに10の能力と言うチートがあるとはいえ、回復能力まではない。負傷し、一度不利になったからには追い込まれるのだ。
「……投降しろ。そうすれば、命までは取らない」
枢木はうずくまる烏丸を前にそう言った。
「……ッ!」
灰原は甘いと思うが、口を出せない。そもそもが即席以下のパーティ。できることといったら周囲を警戒することくらいだ。
「――馬鹿が!」
残された片腕を振るおうとして。
「枢流・裏朱雀」
真の殺人技が先に届く。その瞬間――
「私の相性が悪いのはこっちかなぁ? 『謳え』」
黒崎の声。
彼女は神崎を狙っている。一点突破型の火球は彼女の風では防げない。
枢木組と灰原組が結託したこの状況は実は次善だ。これで烏丸が破れたら5対1になる。烏丸の仲間でもないのだから、決着の瞬間を狙うのは実に妥当で。
「そっちから狙うのはバレバレなんだよ、黒崎……!」
読めていた。アーティファクトは破壊の規模という点で限界があるが、どう扱うかというのは主の発想で無限に変化する。
そして、言われるがままに作るなら本人の発想力も、知識すらも関係がない。そして、合図はもう決めていたから、意思疎通は迅速に果たされる。
「……うん。『爆ぜろ』」
「そして風では対人地雷、ベアリングの弾は風では防げない!」
生成されるそれをそのまま掴み、投げた。
「パイナップル!? ーー味方ごと!?」
言動の通り、黒崎は戦争もののゲームをよくやっている。
だから灰原が投げた”それ”のこともよく知っている。破片で人を傷つけるタイプの手榴弾で、果実のように見えるから別名パイナップル。
それは、明らかに亜優が愛用していた光と音で人をひるませるスタングレネードとは違う形状で、威力まで予想できる。
「神崎、来栖。枢木と合流しろ。……こいつは俺たちが相手をする!」
炸裂――ただし、音と光が。いつもと変わらぬ音と光のビックリ爆弾。死傷者を量産する破片はばらまかれない。
さらに、椅子を台にして飛んだ灰原の指が天井に触れる。
「残念、トリックだ。『砕け』」
天井を破壊。瓦礫が前と後ろを分断する。
「……灰原! お前か。形だけ似せたな!?」
「その通り。お前の相手は俺たちだ」
第2ラウンド、開始。