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第5話 稀色



 襲撃にあった一行はとりあえず、階の探索を行ってこれ以上の奇襲を受けないようにした。

 ここは最上階、見つかりやすいと言う欠点はあれど、上から攻められることがない。

 また副次的な要素として宴会場の二部屋、裏の厨房にも食料が置かれていないことを確認した。

 幸いなのは、水道が生きていることだ。

 のどを潤し、そして下の階につながる扉を机で封鎖した。ぶつくさ言っていたが、自分の安全に関わるからか緒方も協力した。

 彼のアーティファクトを使って築いたバリケードは、人間の力ではそうそう破れない。

 終わった後、緒方は虚ろな目をしていたがそれこそアーティファクトの代償だろう。使った後の虚脱感は灰原も感じるところだ。

「――」

 亜優がふらついた。

「……ふあ」

 新海があくびをした。

 小学生二人にはきつい時間帯らしい。

 ベッドに入ってここに来たが、眠ったことにはなっていないようだ。灰原も眠気を覚えている。

 眠らなければ動けなくなるだろうか? それとも、ここは眠気をぶっちぎってハイになってしまった方が有利になるかと一瞬考えたが、頭の働きが鈍くなっていいことは何もない。

「とりあえず、彼女たちを寝かせます」

 かろうじて毛布が見つかったから、彼女たちにかけて寝かせる。

「私も寝る。誰かが来るかもしれないから、任せる」

 緒方も毛布をかぶって、何も聞く気はないと態度で表していた。しかも、見張りは任せると言外に主張している。

 これは、やったらやったでお前が勝手にやったことと言い、やらなかったらなぜやらなかったと責める流れだろう。

 とりあえず、灰原に文句を聞く気はないが。

「――」

 とりあえず、小学生組を不寝番にするのはありえない。

 緒方には協力してもらいたかったのだが、これでは起きないだろう。

「仕方ないか」

 椅子を持ってきて座る。

 灰原は利己的な人間だった。ここで、誰かを守るためにとわが身を犠牲にする人間ではない。

 自分だけがいい、でもなく、相手のためだけ、でもなく。バランスをとっている。

 だからこその折衷案。椅子で眠ることにした。

 十分に番を果たせるとも限らないが、毛布をかぶって寝コケるよりはマシだろう。

「――」

 二時間は経ったかと思えば、がったんがったんとの扉を叩く音で目が覚めた。バリケードはしっかり役目を果たしたくれたらしい。

「……ッ! ……ッ!」

 怒りの声がする。声が幼い――これはおそらく小学生の彼女、千堂だ。どこか、グループ会社の社長令嬢だそうだが。

 とりあえず、その会社とは何も関係がない。命をくれてやる義理はどこにもない。最悪の場合はためらわない。

 ……ドン、と音がしてバリケードが砕け散った。

「さあ、首を差し出しなさい! この千堂稀色様が直々に首を取ってあげるわ!」

 まだ子供、傲慢なところも愛嬌と言えなくもない……が。

「待ってくれ。聡明な君なら分かっていることだろうと思うが、このデスゲームには不審な点が多い。君に協力を申し出たい」

 へりくだるだけで仲間になってくれるなら儲けもの。

 子供相手だろうが、殺すか頭を下げるかならば後者を選ぶ。小学生女子を殺すなど冗談ではないのだ。

「……へえ。私に協力を、ねえ。あと、もちろんこのデスゲームの矛盾なんて気づいてますけれど、教えさせてあげてもよいですわ」

 灰原は心の中でガッツポーズを作る。

 言われるがままにデスゲームを続けるつもりなどないのだ。

「ああ、その前にスマホのメモを見せてくれないか? ピースが揃っていなくてね」

「ああ、あれ? アーティファクトは身に着けていないと使えないってださ。それも、他人のを付けても意味がないそうなの。それだけよ」

「なるほど。ありがとう、一つ疑問が解けたよ」

 うまい具合に行っている。

 子供らしい残酷さなんて言っても、本当に人を殺したがっているわけがないのだから。

 人を見たら殺しにかかる殺人鬼(シリアルキラー)なんてキャラではないのだから、協力できる。

「――おい、お前! こんなガキを引き入れて大丈夫か? 足手まといだろうが」

 だが、ここで緒方が邪魔をする。

「なんですって!」

 そして、そのうまく行きかけた協力関係は一瞬でぶち壊された。殺意が湧く、アーティファクトの力を緒方の身体に炸裂させてやりたくなったが……やはり今でも殺人には忌避感がある。

 その逡巡の間に状況が動く。

「やっぱりあんたたちも敵ね! 『疾れ』」

 雷が走った。

「っが、く――」

「あがっ!」

 かなり拡散していたから、体がしびれる程度で済んだ。

 それに、この雷は……とても”漫画的”だ。神が鳴ると書いて、雷――だが、そこまでの威力はない。

 遅く、電力も弱い。本当に雷であれば人の目で捉えられるほど鈍くない。 

 が、触れば動けなくなるのは厄介には変わりない。それに加えて、雷は収束も可能。バリケードを砕いた一撃を喰らえば死は免れない。遠近自在の使いやすい能力だ。

「亜優!」

「はい。『爆ぜろ』」

 爆弾を放る。

「それ、狼男の時と一緒じゃないの!? 甘く見ないでよ、『奔れ』」

 雷のカーテン、爆弾が弾き飛ばされる。

 爆音、爆炎――だが、亜優の作る爆弾は本人の気質的なものかスタングレネードに寄っている。

 音で一時的に行動不能に追い込む爆弾だ、近くで爆発させなければ気絶させられない。

「「「――」」」

 それでも、効果はあった。

 そのあまりの爆音で、一人残らず体を折って耳を押さえる。

 音というのはそれだけの威力を持っている。近くで炸裂させることができたら制圧も十分に可能だ。

 ゆえにこそ使い方が重要になってくる。

「新海、走れ! 亜優、行くぞ」

 亜優を抱え上げ、走った。

 とはいえ、制圧よりも逃走が可能ならそうするべきだ。加減ができるほど、戦闘にもアーティファクトにも慣れていない。

「……っ逃がすか!」

 当然、彼女は追いかける。

「『砕け』」

 だから、床を破壊して妨害する。

「……っくぅ」

 千堂は広がっていくヒビを見て、顔を青ざめさせる。

 落ちたら死ぬ。たとえ一階分の高さでも小学生女子にとっては奈落の穴だ。灰原でも、この高さは無茶をせずには飛び降りれる高さではない。

「っきゃあ!」

 横に飛びのいて退避した。人を三人は飲み込めるほどの大穴が開いていた。

「待て! 私を置いていくな! 助けろ!」

 尻もちをついて情けない悲鳴を上げている緒方を置き去りにして、脱走経路を探す。

 だが、バリケードで侵入経路を塞いでしまった今、逆に千堂が破壊した箇所を通る以外に道はない。

「新海、アーティファクトを使って先に!」

 幸い、千堂は逃げ道を潰し位置には立っていない。そこまで考えが回っていない。

「え。でも――」

 仲間を置いて行くことに逡巡する。

「待て、行くな! ……助けてくれ!」

 しかし、最年長者の緒方と言えば自分のことばかりだ。

「――まずは私を侮辱したお前よ。あんたたちみたいな人に従うしか能のないクズは私みたいな美しくて偉い私の役に立って死ぬのが幸せなのよ!」

 千堂のターゲットが緒方に向く。

 灰原としては願ったりだ。このまま脱出すればいい――

「だめ――ッ! 『駆けろ』っ!」

 新海が飛び出した。

「な――あッ!? 新海、やめろ!」

 灰原は焦る。掴もうとした手が空を切る。

 そして、新海は一直線に緒方の元へ向かっていって。

「は! 馬鹿が飛び込んできたわね。二人一緒に死になさい! 『疾れ』!」

 極大の雷が二人を焼く。

 だが、新海の手が緒方を突き飛ばしたことで、電撃が新海に集中する。

「あ、あ――」

 電撃で肺が収縮したのか、音にならない声が漏れる。

 黒焦げになって、倒れる。人が落ちたにしては軽い音がした。

「貴様……!」

「は――ッ! あんたも、そっちもガキの能力も知ってるわ! そんな能力じゃ私は倒せないし、そっちのは何もできない根性なし! 全員、ここで死になさい!」

 千堂の啖呵をよそに、灰原は明後日のほうへ走り出す。

「何のつもり……ッ!?」

「……亜優! 全力で消し飛ばせ」

「はいッ! 『爆ぜろ』!」

 フォルムが禍々しくなっている。言われるがままに殺傷能力を高めた爆弾が現出する。

「小賢しいわね。『疾れ』!」

 雷が爆弾を焼く。安定性こそ戦場を支配するゆえに、当然その爆弾は雷で引火したりはしない。ただ、焼けて使い物にならなくなる。

 勝手に爆発する爆薬など使えた代物でもないが、今この状況でだけは不都合だった。

「は――雷の力。二回も見せて、弱点が分からないとでも!? それは囮、本命はこいつだよ!」

 灰原は転がっている椅子を持ち上げて、ぶん投げた。

 バリケードの材料は椅子に机。それはいくらでも転がっていた。爆弾は、取りに行くだけのわずかな時間を稼げればいい。

「……え? ひ……ッ! 『疾れ』」

 雷のカーテンで結界を作る。けれど、雷では飛来する物体は防げない。

 物理的な干渉力すら持っているが、それは小さな手榴弾を弾き飛ばせるだけのささやかなもの。

 大人が思い切り投げた椅子は弾けない。

「……ぎゃんッ!」

 小さな体がマリオネットのように吹き飛んだ。

 がつん、と物体がひしゃげる音がして……頭から血が流れた。

 手足は人形のように放り出されて、胸はぴくりとも動かない。

「――」

 灰原は崩れ落ちた小さな体を見やる。

 小学生女子を叩き殺した感想は、最悪の一言に尽きた。

 打ち所が良ければ、助かったかもしれないが。しかし人形のように投げ出された腕や、陥没した頭を見ればそんな幸運がおきなかったことが分かる。

「ひ。……ひぃ」

 流れる血が尻もちをつく緒方の元まで到達した。

 生暖かいその感触に悲鳴を上げて後じさる。

「部屋にこもるよ、亜優。もう少し休憩しよう」

 不安げに灰原の裾を掴む彼女を連れて、部屋の一室に引きこもった。

 緒方は勝手についてきた。




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