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第4話 逃走



 烏丸が豹変し、皆を襲った。

 そして、灰原の機転によって全員が逃げた。

 灰原の近くに居るのは助けた月宮と新海の小学生コンビ、そして緒方だ。

「……状況を整理しよう」

 わずかな時間に色々なことが起こりすぎた。 

 異世界転生だかなんだか分からないが、摩訶不思議な力が働いているのは間違いがない。

 外の世界に広がる黒い泥……メモによれば猟犬だそうだが、それがいる以上は外には逃げられない。

 そして、烏丸の言葉。「最後の一人が勝者となる」とは、素直に解釈すれば全員殺せば元の世界に戻れるということになる。

 ――けれど、灰原はどうしても何かに違和感が残る。見落としている事実があるような。

 その違和感をじっくりと考える暇もないけれど。

「こんなところで作戦会議を始める気か? 奴が襲い掛かってきたらどうする」

 何か思いつきかけた灰原の考えを緒方がさえぎった。

 ただ、言っていることは正しい。

「それもそうですね。せっかく非常階段に居るんだ。昇りましょう」

 その非常階段は暗く、先が見えないほど高い。

「いや、待て。エレベーターがあるではないか」

「落とされたら、死にますよ?」

 アーティファクトの力があれば簡単だ。もっとも、爆弾の一つでもあればファンタジーなんて使う必要もないけれど。

「……ぬぐ。私はただ徒歩でなくとも他の手段があるのではないかと言いたかっただけだ。大体、この階段を昇って行ったら体力がなくなる。軽挙は慎むべきだ」

「ですが、それ以外に安全な方法はありません。まあ、ここに居たいならどうぞ勝手になさってください」

 2人を連れて階段を上がっていく。緒方もぶつくさ文句を言いながらついてくる。

 その間に考えを整理する。


 まず、眠ったら”ここ”に居た。

 このホテルはどこかにありそうなありふれたものだが、ロッカーにしまわれていた中身以外は物資は何も残っていない。

 探索は行えていないが、食料がない可能性を考慮に入れる必要がある。

 そして、ロッカーの中にあった一人につき一つのアーティファクト。

 それはトリガーワードを口にすることで不可思議を現出する。

 わかっている力は

 ――氷の槍

 ――爆弾生成

 ――ノックしたものを破壊する

 ――狼へと変化する

 そして、スマホ。

 分かっているメモは5つ。

 ――館内の見取り図

 ――破壊不能オブジェクトの出入口ドア

 ――外では化け物どもが待っている

 ――タイムリミットは1日

 ――最後の一人が勝者となる


 つまりは、本当にありきたりなデスゲームだ。

 1日以内に全員殺せ、と会ったこともない人間を連れていてそう告げられた。

 ただ、アーティファクトの存在だけがファンタジーだ。一応は科学技術で再現できなくはない……気がするが、そんなことをする必要はないだろう。

 殺し合いをさせたいだけなら銃で十二分だ。

 とてもではないが、そこまでする必要があるとは思えない。だとするなら、ファンタジーの存在を認めざるを得ない。

「……緒方さん、あなたのアーティファクトは?」

 ぜえぜえと喘ぎながら階段を上がっている彼に聞いてみた。

 小学生二人に合わせてゆっくり歩いていると言うのに、それでも息も絶え絶えと言うことは、当たり前に体力がない。

「は。そんなことを教える義理があるものか」

 そして、傲慢だ。

「あまり勝手を言わないでもらえますか? こっちの力はすでに知っているでしょう?」

「少しは年上を敬え。……礼儀を知らん若造が」

「それは失礼。……で、アーティファクトは?」

「……はあ。『大力(たいりき)を得る』だそうだ」

「馬鹿力ね。新海は?」

 殺しやすいな、と思う。

 活用する頭があるなら別だが、こいつには無理だろう。人の殺し方は、お勉強や社会の人間関係とはまったく別だから。

 それこそ、漫画の一つも呼んだ方が役に立つ。

 そして、灰原に潜在的な敵に塩を送るつもりは毛ほどもない。

「うん? アタシはね、速く走れるだって。ね、ね、使ってみてもいい?」

 逃げるのに役立ちそうな力だ。

 一安心と言ったところか、人殺しに使う方法も思い浮かぶが伝える気は一切ない。小学生女子にそんなことをさせる気はない。

「別に許可を取る必要も……いや、階段を昇り切ってからにしようか。危ないし」

「はーい」

 とても素直だ。子供らしい元気さが溢れる容姿と言い、かわいがられる子供だ。

 最上階まで上がってきた。

「よーし、じゃ使うぞー。『疾れ』っ!」

 ばびゅん、と大人ですらありえないスピードで駆けまわっていった。

 これは、100mを余裕で5秒を切るだろう。つまりは大人の二倍の速さ……だが、逆に言えばその程度だ。

 原付でも使えば簡単に追い越してしまえる程度とは、なんとも不憫な話である。

「……あ。声」

 そこで気づいた。

 科学の力を使えば再現可能とはいえ、殺し合いにおいて絶対的なアドバンテージを持つ力がある。

 こういったデスゲームでは思い切りのいい奴はそれだけで優勝候補だが、その能力であればパーフェクトゲームも可能だろう。

「え? 声?」

 聞きつけた亜優がこちらを見上げている。

 思い付きを聞かれては浮かしく思うが、解説してやる。

「ああ、いや。殺された古賀だが、声を大きくする能力を言っていたな。実は、かなり有用な能力だと思ってな」

「……そうなの? 声が大きくなっても、とおくの人とお話できるだけじゃないの?」

 純真だ。

 裏技と言うものは考えもしないのだろう。

「それがそうでもない。あの子のスピードがある以上、アーティファクトなら人間の限界なんて簡単に突破できる。そのレベルの声があれば、鼓膜を割ることも可能だろう」

 子供に大人の脚力を与える力があるならば、叫んでガラスを割るくらいの力は全く不自然ではない。

「そおなの?」

「憶測だがな。だが、密閉空間では音は遠くまで届く。攻撃として使うなら防御不可、視認の必要すらない。音だけで殺せなくても、悶絶させたら手段はいくらでもある。デスゲームとしてこれほど有用な能力もない」

 つまりは一撃必殺だ。殺していない以上その定義は当てはまらないかもしれないが、使っただけで戦局を終局に持っていける。

 ホテルにk閉じ込められた現状では、完全な戦略級のアーティファクトと言っていい。

「……?」

 よくわかっていない顔をしている。

 もしかしたら、サブカル文化に明るくないのかもしれない。

「厄介すぎて、最初に狙われるのも分かるな」

 烏丸が皆殺しを狙うなら、真っ先に排除しておきたい人物であったのだろう。

 そして、穿った考えからをするならもう一つ。

 次点で殺しておきたいのは自分、灰原の持つ”ノックで破壊する”アーティファクトだ。

 なぜなら、壁は破壊不能オブジェクトではない。つまり、その辺の外壁を破壊することでゲームを強制的にゲームオーバーまで持って行ける。

 ――自爆だ。死なば諸共を簡単に実現できる。

 普通ならやらないし、思いつかない。灰原だってそれをする気はない。

 けれど、意地の悪い人間なら絶対に気づく。烏丸が気づかないとは考えづらい。

「ふん。摩訶不思議な力を使えるからとはしゃぎおって。どんな代償が求められるかもわからんのによくやる。頭の足りない小娘だな」

 そんなことを言う緒方は試そうとする素振りすら見せない。

 頭の固い人間のテンプレートで、アーティファクトを使うことにすら忌避感を覚えているのだろう。想の上で身に付けてはいるだけに、小市民的である。

「緊張感、足りないんじゃなあい?」

 ピシャン、と扉が開く音。いきなり声が降ってきた。

 黒崎涼風。真っ先に売店を物色した行動力のある女性。すでに最上階に到着して身を潜めていた。

 灰原一行は階段を昇ってきたばかりでこの階を改めることもしていない。

「最初から大物狙い! 群れのリーダーを倒さないとバトルが終わらないしね!」

 姿はできる風なOLだが、言動は完全に常軌を逸している。

 大物狙いやら、バトルだの――完全にゲームと現実を混同した人間の戯言だ。

「さあ、100点行けるかな!? 『謳え』」

 指を向けられた。

 彼女の腕に巻きつけられた首飾り、羽根をかたどったそれが揺れる。

「……っこの」

 タイミングを見計らって跳ぶ。

「あれ、外れちった」

 後ろの壁が無残に引き裂かれた。

 見るからに人間を殺せるだけの威力がある。

「……殺す気か!?」

 思わず叫んだ

「だって……これ、夢じゃん? こんなの、現実じゃありえないし。あんた、ゲームと現実を混同するタイプ? モテないよ、オタクは」

 けらけらと笑っている。

 完全にゲームとしか思っていない。

 こういうタイプは厄介だ。なぜなら、自分の命すらゲーム感覚で賭けてしまう。

「これが夢などであるかよ! 亜優!」

「はい! 『爆ぜろ』」

 灰原は亜優から爆弾を受け取って放り投げる。

「――あは。じゃあね!」

 きびすを返して逃げだした。

 奇襲に失敗したのちに、即座に退散。

 恐ろしく速い判断だ、ゲームだと思っているからこその思い切りだろう。

「待て!」

「待つわけないでしょ! それに、FPSゲームじゃ穴倉が常勝なのよ」

 扉の裏に消えていった。

「……古賀さん。そこらへんにあるもの、アーティファクトの力を使って投げてもらえますか?」

 とりあえず、追って扉を開くのは悪手だ。

 開いた瞬間に能力をぶつけられたら対処する手段がない。

 だから、音を立てようとも、遠距離から手当たり次第に運頼りでぶっぱなす。回数を重ねればそれだけ確立も上がるし、どう転んでも牽制にはなる。

「なんだと? バカげたことを言うな。なぜ私がそんなことをしなくてはならない」

 尊大そうに断った。

 灰原はすぐに見切りをつける。頼りになるのは言うことを聞いてくれる亜優と、そして新海だけだ。

「亜優。扉を破壊するからすぐに爆弾を投げ入れてくれ」

「うん」

 爆発。すぐに中を改める。完全にSWATの物真似だが、プロがやっていると言うことは効果があると言うことだ。素人のあてずっぽうよりはよほどいい。だが。

「――」

 だが、中はもぬけの空だった。

 他の扉があって、そこから逃げていた。



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