第3話 豹変
破壊不能のドア、外の”泥”、アーティファクト。灰原は皆に詳らかに報告した。
今はそれぞれが頭を悩ませて、顔をうつむかせている。
おどおどした女の子、月宮亜優が灰原の袖を引っ張った。
「……あの、えっと。……どう、なったんですか?」
首をかしげていた。
まるで上司にでもするような報告は小学生の彼女には理解できなかったのだろう。
とはいえ、灰原も全てを理解させていいのかは悩む。どうせ分からないだろうと全てぶちまけた部分も多大にあったからだ。
外には化け物で、しかも閉じ込められたなんて馬鹿正直に言っても泣かせるだけな気がする。
いや、報告のときには素直にそう言ったが。
「ああ、ドアが開かなくてね。どうしようかって考えているんだよ」
とりあえず、それだけ言った。
化け物のことはひとまず置いておく。
「え? ……でも、外につながるドアはこわせないですよね?」
月宮は不思議そうに聞いてきた。
「何度もそう言ってるだろ。呑み込みの悪いガキだな」
緒方が嘲るように口を出した。こういうときだけ生き生きとしている。
最年長の癖にロッカーの時もドアの時もこのエントランスに引きこもっていたくせに。
「……ひ! あ、あの……ごめんなさ……」
そして、幼い亜優は悪意のかわし方など知らない。とたんにおどおどして、震え始める。
「チ」
舌打ち。彼女はおびえて灰原の背中に隠れてしまった。
一方で、灰原の方は違和感を覚えていた。
「ごめんな、月宮さん。一つ聞いていいかな?」
「あ……はい。……あの、アユは亜優でいいです」
「そう、亜優ちゃん。ドアは壊せないこと、どうして知ってたの?」
違和感を覚えたのはそのことだった。まるで試したこと自体が不可解という反応だった。
「え……あの。はい。だって、書いてあったから」
「書いてあった? どこに?」
「あの……スマホ」
「ごめん、見せてもらっていい?」
「どうぞ」
初めからロックなどかかっていない。デッドオアアライブのアプリは同じ。だが、彼女のメモには見取り図など乗っていない。
いや、1階の見取り図はあるのだ。外側だけを描いて、先の自動ドアの場所だけ破壊不能と書かれている。
「……これは、違う?」
もちろん、アーティファクトの能力も。盗み見た。
来栖は氷の槍、灰原は破壊、そして亜優は爆弾だ。爆弾を生成する能力。
トリガーワードは『爆ぜろ』。
「どういうことだ? 灰原」
「いや、スマホのメモが異なっている。これは、もしや全員のメモをつなぎ合わせることで何か意味が浮かび上がってこないかと思ってね」
灰原はしれっと画面を元に戻した。
そして自分のスマホを起動して、見取り図画面を見せる。
「――これは」
「お前のとは違うか? なら、一度全員で見せ合おう。そうすることで何かが見えてくるかもしれない」
率先して机の上に置いた。
「あの……はい」
亜優も灰原の隣に置いた。
「ほら」
続いたのは来栖。どうも、枢木を殺しかけた件が罪悪感になって、協力的になってくれたようだ。
そして、書かれたことはやはり違う。
『外にいるのは猟犬
中に居れば安全
でも、壁が壊れると入ってくるよ』
おどろおどろしい手紙のスクリーンショットだった。
猟犬というのはあの蠢く泥のことだろう。うっかり壁を破壊してしまえばあれとバトルになるということだ。
「ええー、恐い。アタシんのはこれね」
時限爆弾の絵と、カウントが始まっている時計がある。すさまじく不穏な気配のする背景と言い、書いたのは他の手紙と同一人物だろう。
残り時間、23時間15分30秒。
示唆しているのはカウントダウン。
猟犬が入ってくるのか、それとも本当に爆弾がしかけられているかは分からないが、楽しいことにならないであろうことは確実だった。
「くだらねえ」
不良が足をテーブルに乗せた。
「顔つき合わせて、何をくだらねえことやってんだ、テメエら」
威圧感たっぷりに周囲を睥睨する。
亜優と、ついでにもう一人の小学生、新海が灰原の後ろに隠れる。
「俺はまだるっこしいことが嫌いなんだよ。それとよー。おい、お前だよオヤジ。みっともない体の……てめえだ、てめえ」
かばうわけではないが、彼の腹は本当はみっともないと言うほどでもない。
それにオヤジと言っても、彼にとってはおっさんだろうが、サラリーマンからしてみれば若手からやっと抜けたくらいの年齢だ。
それでも、まあ……おっさんなのは世代差というべきか。
「俺はあんたみたいなのが大嫌いだ。偉そうに人を見下してきやがる。何も役に立ってないくせによぉ」
ガンを付けた。
「……ふん。育ちの悪い不良め。貴様のような奴は汗水たらしてくだらない仕事で日銭でも働いているのがお似合いだ」
そして、彼は侮蔑しきった視線で応じた。
おそらく、彼は勉強に全てを捧げて来た性質なのだろう。
ずっと勉強して、いい大学に入って、そして良い会社に入る。
そんな典型的な努力家で、そして会社に入ってからも努力を怠らなかったからこそ――こんなに人を侮る人間になってしまったのだろう。
人間性まで捧げて会社での地位を得たから、自分のした苦労をしていない無能な人間を許せない。
「は! 馬鹿馬鹿しい! しかも、なんだこりゃ!」
ガツン、とアクセサリーを机にたたきつける。
プラスチック製の安物であれば砕けてしまうようなたたきつけ方だったが、ヒビ一つ入っていない。
「ふっざけんな! 馬鹿にすんな! なんだよ、声が大きくなるってのはよ!? こんなガキみたいなふざけた能力でどうしろってんだ!?」
途中から愚痴になってしまっている。
しかも、自分のアーティファクトの能力をべらべらと話してしまっている。
「――ああ!? てめえ、馬鹿にしてんじゃねえぞ!」
そして、感情が激発したのか緒方に詰め寄り、襟元を掴み上げる。
「……っひィ!」
彼はと言うと、今までの偉そうな尊大な態度が嘘であったかのようにおびえて縮こまっている。
アーティファクトを使えば、なんて思うが……それは思いついていないようだ。
窮地で逆転を思いつくことはそうそうない。逆に誰でもできるようなことを失敗して転落するのが世の常である。
ゆえに。
「まあ、待てよ。『戯れろ』」
烏丸の声。そして、文脈に合わない言葉はアーティファクトを起動するトリガーワードに他ならない。
「んだ、テメ……」
肩に手を置かれた。が、その感触が変だ。
ぞわぞわと毛が絡みついて、そして”でかい”。まるで、狼の手のように。
否、それだけではない。
「お……お前、なに」
変身は完了していた。長い爪、強靭な手足――それはまさに狼人と呼ぶにふさわしい異形。
「ちょっと死んでくれや。ガキ」
長い爪がひらめく。
不良の少年、古賀は狼の爪に心臓を貫かれて死亡した。
「――キヒ」
狼の口がゆがむ。裂ける。
……月のように、哄笑が漏れる。
「ヒャハハハハ! まずは一匹!」
こと切れた彼をぞんざいに放り投げた。
「貴様、何者だ!? なぜ殺した!?」
枢木が問い詰める。
「知れたこと! 脱出するにはデスゲームで勝ち残る他ねえんだよ!」
彼は自らのスマホを掲げる。
起動されたスマホには汚い文字で、「最後の一人が勝者となる」と書かれたメモ帳が映っていた。
「……亜優、使え!」
灰原が叫ぶ。
いきなり呼ばれて、やれと言われた人間の行動は二つ。びっくりして動きを止めるか、何も考えずとっさにそれをやってしまう。
「――『爆ぜろ』!」
亜優はやってしまう人間だった。
それに、灰原のことを信用していた。
灰原が信用できると言うよりも、他のメンバーがマイナスに傾きすぎていて逆に灰原への信頼度が上がった形だ。
正義漢の枢木は、むしろ恐くて苦手意識を持っていた。この場合に限ってはイケメンであることもマイナスだ。圧がある。
「逃げろ!」
灰原の近くにはちょうど保護対象となるべき小学生二人が近くにいた。
少し位置が離れている三人目、千堂に関してはどうしようもないが近くにいる枢木を信じる他ない。
両脇に抱えて逃亡する。
「それがどうしたよ! こんなちんけな爆弾なんぞ、吹き飛ばしちまえばなあ!」
轟、と腕を振るう、発生した風が亜優が生み出した爆弾を押し返す。
「させるか! 『凍れ』」
氷の槍が飛んでくる。
「……チィ!」
攻撃目標を変更、氷の槍を叩き落した。爆発までの時は稼げた。
爆発が起こる。
全員が機を逃がさず、爆炎と爆音を目くらましに方々の方向に逃げた。
「――ここまで、来れば」
扉の裏の非常階段まで逃げてきた。
扉は開けっ放しにして、向こうが見えるようにしている。
「大丈夫か? けがは?」
小脇に抱えた二人を下ろして目線を合わせる。
状況についていけないのか眼をパチクリとさせているが、けがはなさそうだ。
「他の人間は……」
「待て……貴様ら。……ぜえ。わたしを……はあ……置いていくな……ぜえ」
息も絶え絶えといった様子の緒方が来た。
灰原は正直、置いていきたいような気分に駆られたが、さすがにそういうわけにもいかない。
「緒方さん、他の方は?」
「そんなもの……ぜえ……知るわけが……はあ……ないだろう……」
来た道を見る。
静かだ、おそらくいくつかのグループに分断された形となったのだろう。
逃げるにしても、一息はつける。