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第2話 アーティファクト


 月宮亜優は鍵の開いているロッカーを見つけた。

 そして、そのロッカ―の中には鍵が入っていた。

 鍵にはそれぞれ名前と、当然だがロッカーのナンバーが記されてあった。

「なんだ、そりゃ」

 灰原と月宮が何かやっているのを目ざとく見つけてきたのは烏丸だ。

 手に持った鍵をまじまじと見つけてくる。

「さて。まあ、皆に見てもらったほうがいいかな」

 名前こそ書いてあるが、今ここで他人の分を含めて開けてしまうことは可能だ。

 とはいえ、灰原としては出し抜くような形になるのは望ましくない。

「ここで開けちまえばいいんじゃねえか?」

 彼はニヤニヤと笑っている。

 考えが透けて見えている。ここで開けたら言いふらすつもりだ。こいつは出し抜いて何かを手に入れてやがった、と。

「それで目立ってもいいことがないからね」

 灰原はあくまで穏やかに言う。

 それが処世術だった。世の中は決まりごとにうるさいくせに、決定する時にはなあなあで済ませてしまうのだ。

 それでも、これで決定しました。みたいなことを議事録か何かに残していた時期もあった。

 ときには灰原に責任が問われることがあったが、「いや明言は避けてましたけど、あなたの意向でしょ」としか思わなかったからいつの間にか”決める”ということを避けるようになっていた。

 決定事項はボカした。そうすると不思議なことに間違っていても正解みたいな扱いでシレっと話が進むのだ。

「ああ、そうかよ。臆病だな、あんた」

 だから、こんな侮られるようなことを言われても何も思わない。

「――で、どうしようか?」

 いったん、全員を集めて説明した。反応を見る。

「開けるしかあるまい。反対する者は?」

 やはり場を引っ張っていくのは枢木である。

 この場では開ける以外に選択肢など始めからないも同然ではあるが。

「ふん、危険物でも入っていたらどうする? 罠の可能性は?」

 そして、偉そうに揚げ足取りをするのは最年長の緒方だ。

「それは、あなたは開錠に反対するという表明と受け取っても?」

 枢木はさっきのことを許していないのか険悪だ。

「考えてしかるべきことを言ってやっているだけだ。浅い考えで火傷するのは若者の特権かもしれんが、それに巻き込まれてはかなわん」

 対する緒方もまた、険悪。

 やれやれと大げさに肩をすくめて挑発する。

「緒方さんの言うことももっともですね。全員で一気に開けるのではなく、誰か後ろについていたほうがいいでしょう」

 それを仲裁するのは自分の役割なんだろうな、と灰原はため息をつきながらも話を進める。

「なら、その役目は俺が」

「お願いします、枢木。では、僕が二歩後ろに下がって様子を見ます。一緒に来る方は僕ら二人が見える程度に離れていてください」

 そういうことになった。まずは枢木のロッカー。

「開けるぞ」

「はい。お願いします」

 あっさりと開いた。見た目通りの何の変哲もないロッカーだった。

 そして、中にあったのはスマホと手紙にアクセサリーが一組。

「これは?」

 おそるおそる枢木がそれを取り上げる。

 ためつすがめつしても、何の反応も返さない。

「それはあなたのスマホですか?」

「いや。見覚えがない。スマホに詳しいわけではないが、知らない機種だ」

 借りて、後ろにいる全員に見せる。

「誰か、これの持ち主だったり、機種を知っている方はいませんか?」

 全員が首を横に振った。

「んじゃ、次は俺だ」

 烏丸がひったくるように灰原の手の中から鍵を奪って、中身を取り出す。同じものが入っていた。

 とはいっても、アクセサリーは別物だ。

「ん? こいつは見せる必要ねえわな」

 と言って、ひらひらとスマホを振って他メンバーにも見せる。枢木のロッカーに入っていたものと全く同じスマホだった。

「烏丸、俺のロッカーはたまたま罠がなかっただけかもしれなかったのだぞ。それを――」

「へいへい、センコーのお説教は聞き飽きてますよっと。次、誰だい?」

 ぞろぞろとやってきて、それぞれロッカーからスマホ、手紙、アクセサリーを取り出した。

 実は、二つがスカで他が罠入りだったとしたら全滅だったのだが、幸か不幸か罠などかかっていなかった。

 そして、誰ともなく最初のエントランスに戻って手紙を開く。人間が判別可能な限界近くの、えらく汚い字でこう書いてあった。


『これはデスゲーム

 生き残れば勝ち

 アーティファクトを使え』

 

「――っひ」

 どさり、と崩れ落ちた音。酷く軽いその音は月宮亜優が倒れてしまった音だった。

 めざとく放り出した紙を見る。コピーでもしたみたいに同じだったが、コピー特有の色合いではない。

 もっと、何か――悍ましいものを原料にして、書物でない物で描かれたような手紙のような”何か”が瓜二つ。

 それに気付いた瞬間、灰原の背にぞくりと氷柱を差し込まれたかのような悪寒が襲った。

「無理もない。こんな状況に巻き込まれてはな」

 灰原は体を抱え、椅子に横たえた。

「あ、ごめんなさい。あの……」

「気にしなくていい。この悪趣味な手紙を見て気分が悪くならない奴などいないよ」

 見れば見るほど、正気を失っていきそうな文字のひずみ具合だった。

 これを書いた人間は相当に心がゆがんでいるに違いない。まるで、片目をつむって舐めるほど手紙の近くに寄って書きなぐったようなミミズののたくるような酷い文字だ。

「アーティファクト、ね」

 スマホを起動したら、アプリが三つ。確認するのに時間はそうかからない。アーティファクトの使用法、ホテル内の見取り図。そして、ここにいる11名の名前。名前の近くには文字が浮かんでいる。

 ――状態:ALIVE

 デスゲームとこの生死を監視するアプリから、何を望まれているのかは誰でもわかる。

「……ッなに、アホなこと書いてんのさ。タチの悪いイタズラ、大体アーティファクトなんてあるはずないじゃん。漫画の読みすぎじゃないの?」

 来栖が思い切り机を叩いて立ち上がる。

 大学生の女の子だ、中途半端に決断力がある。

「どこへ?」

「決まってんじゃん。外へ出んの。来てよ、枢木。鍵閉めてあったら蹴り開けてね」

 苛々と足音を立てて扉のほうへ向かう。

「了解した。付き合おう」

「僕も行こう。蹴り開けるんだったら手伝えると思う」

 その三人で扉へ向かう。他は、まだ状況を整理しきれていないのか鬱々とスマホに向かっていた。

 エントランスから入口へ。そこには、信じ難い光景があった。

「……何これ?」

「地獄……かな?」

 黒い泥――としか言いようがない。あるいはそれでさえ最低限、人の良識に沿ってオブラートに包んだ表現だ。

 何の変哲もない自動ドア、透明なそれの先にはぐねぐねと狂気を宿した悼ましい泥が踊っていた。

 見るだけで正気を削られそうな光景、圧倒的なリアルと吐き気の催す邪悪さを持って顕現する”それ”は外に出られない理由としては十分だった。

「――蹴り開けるのだったな」

 枢木が前に出た。

「ま、待ってくれ。コレと戦う気か……?」

 そもそも戦えるとも思えない。

 むしろ、このホテルが最後に残された聖域のように思えるのに、彼は何もためらいなく進んでいく。

「ふむ。開く様子はない」

 普通だったら自動ドアが反応する位置で、ベタベタと透明なガラスを弄っている。 

 どうやら”泥”は完全に遮断されているらしい。

 この中に居れば安心、という感想が思い浮かぶか真実はどうやら。

「どいて、枢木!」

 彼女はロッカーに入っていたアクサセリー、指輪を中指に通した。

 掲げるように”それ”を宣言する。

「そいつら殺す! そいつらは、生きてちゃいけない”もの”だ! ――『凍れ』」

 トリガーワード、アーティファクトの能力を引き出す言葉。当然、灰原のアーティファクト腕輪にそれはある。

 一気に気温が下がる。空気が氷結した。

 生み出されたのは4本の氷の槍。

「行けェ!」

 目にもとまらぬ速さで疾走する。

 ドアに当たる。すさまじい音を立てたが、ドアは無事だ。

 泥も、何事も無かったようにうごめいている。

「……この! 『凍れ』、『凍れ』、『凍れ』ェ!」

 彼女は明らかに正気を失った表情でアーティファクトを連発する。 

 わずかに瞳が揺れるのが見れる。乱打させていいことなど一つもない。

「――ぐ。これは……」

 巻き込まれたのが枢木だ。瞬時に立ち並ぶ12本の槍、回避する箇所がどこにもない。 

 これでは死んでしまう。

「左に跳べ!」

 人死には、灰原も見逃せない。できることがあるなら助けたいと思う。

 だから、それを使う。

「――行け」

 人の胴体ほどの大きさの氷の槍。

 針の孔を通す回避は漫画のものだ、現実では都合よく行かない。

 そんなファンタジー、人間の力でどうにかなりはしない。だから、灰原もファンタジーで覆す。

「『砕け』!」

 一番左の槍を狙う。そこに隙間を作るとの意志を込めて左に跳べと言った。

 手を伸ばし、指で触れることに成功する。

 わずかな衝撃、とてもではないが軌道を変えるには至らない。それでも。

「……っし! 成功」

 触れた氷塊は瞬く間に崩壊して蒸発した。

 これが灰原のアーティファクトの力。

 〈氷の槍を生成する〉のが来栖の超常だとすれば、〈ノックしたものを破壊する〉のが灰原の超常。

「た、助かった」

 さしもの枢木も胸をなでおろした。

 あんな氷の矢など喰らったら一発で死んでしまう。

「ーーあ」

 そして、顔を蒼くした来栖。やっと正気に戻って、今度は枢木を殺しかけた事実に恐怖した。

「しかし、どうなってるんだ? 明らかに強度がドアだけ上がってるぞ」

 そして、そんな枢木は気にせずに氷塊が叩きつけられたドアの様子を確認している。

「ドアだけ? なるほど、狙いがそれた場所は刺さっている」

 とりあえず、流すことには賛成だ。明らかに正気をなくした状態だった。それを責めることはしたくない。被害者(枢木)も気にしていないことだし。

 だから、なかったことにして会話を続ける。

「ゲーム的に言うと破壊不能オブジェクトはドアだけなのかもな。いや、マップの外周ということかな」

「ゲームなどやらんから分からん。要は壁を破壊して脱出することはできないと?」

「いや、そうだけど。ええー、おっさんがゲーム知ってて若者が知らないの?」

「時間の無駄だ」

 彼はにべもなかった。

 戻って、報告する。来栖が枢木を殺しかけたことは除いて、アーティファクトが使用可能なこととドアを破壊できなかったこと。

「――ッチ」

 大きな声で舌打ちした不良、古賀が皆の気持ちを代弁していた。

 分からないことばかりで、気が滅入る。

 暗い空気がどこまでも暗澹と降り積もっていく。




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