里の朝〜勇者の器(1)
勇者の器は何を語る…
『お、おはようございます!セ、セレスさん!』
「おはよう。急にごめんね。
盗み聞きするつもりはなかったんだけど
君たちの会話が耳に入ってしまって
つい口を挟んでしまったよ。」
突然の大物の登場にガチガチになって挨拶した俺たちに
優しい笑顔のまま、少し申し訳なさそうにセレスは言った
セレス=ランデナール
ロマネガルドの王都に隣接する
ランデナール自治領を統治しているランデナール家長男
あらゆる属性の魔術を操ることができ、武術も一流
その上、豊富な知識と経験を備えるばかりか
その知識、技術を惜しみなく周囲にも開示する懐の深さも
持っており、誰からも尊敬され
勇者の器とはこういうものかと誰もが認める筆頭騎士である
「デニス、僕の言ったことの意味、伝わったかな?」
「正直急だったので、実はピンときてません…」
おいおい、そこは嘘でも何となくは…的なことで
お茶を濁しておいた方がいいんじゃないの?
内心ヒヤヒヤしている俺を尻目に2人の会話は続く
「ハハハ、君は正直だな。いいことだ」
「それくらいしか取り柄がないので…」
「そんなことはないさ。何事も諦めずに何度でも挑戦する
君の心の強さは尊敬に値するよ。」
あれ、今セレスさんと目が合った気がする…
「さっきの話だけどね
確かに土属性は守りに向いている魔法が多く
その強度を高めていくのは間違ってない。」
「!はいっ!」
「でもね
戦いにおいてはセオリー通りに戦うだけでは勝てない。
時には相手に意外だと思わせる違う戦い方
応用を見せていかないといけない。
君は正直ものだから、教科書通りの戦い方は素晴らしいが
しかし、戦いにおいては教科書にない事態が起きた時の
応用力が1番大事なんだ。
君は少しその応用力に難があると僕は思う。」
「…はい…」
自分の方向性を認められて喜んだのも束の間
本質を突くダメ出しを突きつけられて
デニスは凹んでいる
「応用力には教科書がないからね。
自分の発想の幅を広げて、枠を超えて
いろんな可能性に目を向けてみるといい。」
「…いろんな可能性…」
「そう、君たちには無限の可能性がある。
その可能性を君たち自身が諦めない限り
チャンスはあると僕は思うんだ」
気のせいか、その言葉は俺にも向けられている気がした
「デニス、まずは今君が使える土魔法で
何か他に出来ることがないか、考えてみるといい。
最初は何でもいいよ。
例えば寄宿舎の模型を土で作ってみるとか。」
「戦いには役に立たない気がしますが…」
「真面目な君には意外かもしれないけど
新しいことを考えるときには
遊び心があった方がいいアイディアが出るものだよ。」
「そういうものですか。」
「そういうものさ。
学ぶことも大事だけど、少し外れたことをしてみたとき
人はそれまでと違う自分の可能性の幅を見つけるんだ。」
「なるほど…」
「壁にぶつかったときには、そのまま進もうとしても
ダメなときもある。壁を突き破る強さがあればいいが
誰もがそんな強さを持っているわけじゃない。
僕だってこれまで正面からはどうしても超えられない
壁に何度もぶつかってきたんだ。」
「そんな時はどうやって乗り越えたんですか?」
「乗り越えることを諦めて回り込んだり潜ったりした。」
「⁈」
セレスはイタズラっぽい笑いを浮かべながら言葉を続ける
「人は壁にぶつかったとき、何とかその壁を乗り越えるか
あるいは力づくで突き破ろうとする。
それは正しくて、まずはそうするべきなんだけど
でもどうにもならないときはある。
そのときに君たちならどうするか。」
セレスはデニスの方を見る
「ある人は何度も何度も乗り越えようともがき、
ある人は壁を乗り越えるのを諦める。」
チラッと俺の方を見てから再びデニスに語りかける
「でも少し視点を変えると
目の前の高い壁の少し横は低い壁かもしれない。
壁の下の土を掘ると壁は下までないかもしれない。
それはずるいことではなくて、壁の先に行くための
工夫なんだ。」
「その工夫に必要なのが遊び心ですか?」
「そういうことだよ、デニス。
壁が高ければ高いほど、その壁に目がいってしまう。
遊び心があれば、
壁の低いところや、
壁の下の柔らかい土に気付けるかもしれない。
そうすれば案外あっさりと壁はクリア出来るよ。」
「…遊び心が大事なのは分かった気がしますが…」
真面目なデニスはまだ少し納得いかない部分があるようで
そんなデニスの様子を見てセレスはさらに続ける
「壁にぶつかったとき、
人は壁を乗り越えることを考えすぎて、
壁を乗り越えることが目的になってしまう。
でもね、
僕たちは何のために壁を乗り越えようとするのか。
僕は、壁の向こうのまだ見ぬ新しい世界の景色が見たい。
そして新しい自分に出会いたいと思ってる。
君たちはどうかな?」
「僕も見たいし、出会いたいです!」
俺もその思いは理解できたので
言葉にこそしなかったが肯いた
そんな俺たちの様子をセレスは満足そうに見つめていた
「少し遠回りに見えたり、無駄に思えるかもしれないけど
そんな遊び心を持った寄り道が
実は壁の向こう側に行く最短ルートかもしれないよ。」
その言葉でデニスの中のモヤモヤが晴れたようだ
「セレスさん、よくわかりました!
早速朝の授業はキャンセルして、自主練に切り替えます!
少し自分の土魔法で遊んでみます!」
「うん、それがいいよ。」
「ありがとうございます!セレスさん!
じゃあ、そういうわけで、ノワール
先生には自主練に切り替えますって言っておいて!」
そういうが早く
デニスは真面目に遊ぶためにグラウンドに駆け出して行った
グラウンドに駆け出して小さくなっていく背中を見送って
セレスはノワールの方に向き直った
「ノワール、君はもう判定試験を受ける気はないのかい?」
セレスは笑顔は崩さずに、しかし真剣な目で俺に問いかけた
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
本編で書ききれない設定や用語を解説する解説編も
本編に合わせて更新中(毎週土曜日更新)
↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓
https://ncode.syosetu.com/n2357fy/