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古賀(ミステリー小説家)

計画は失敗だ。

こんなに早く気づかれるとは思っていなかった。

締め切りはどうにか伸ばしてもらったが、梅永にはこっぴどく怒られた。

読んでくれているあなたたちにも、どういうことか説明しなければいけないだろう。


私はミステリー小説の作家をしている。

昨日12月6日は依頼されていた短編の締め切り日だったが、まったく一文字も書けていなかった。

だいたいミステリーというのは年に何本もかけるものじゃないのだ。

トリックの構想にも時間がかかるし、読者の目も鋭い。

矛盾があればすぐに突っ込まれ駄作認定、そのまま作家生命すら終わりかねない。

その緊張感を編集者たちはわかっていない。だからこんな非人道的な締め切りを設けられるのだ。

…そんな怒りが発端となって、私は今回の計画を思いついた。


私がこのサイトを趣味で使っていることは担当編集者の梅永も知っていた。

そこで、私が締め切りに追われて精神を崩しながら逃亡する様子を日記風に投稿し、一騒ぎ起こしてやろうと思ったのだ。

家にもおらず、音信不通が続く中で、梅永たちがこの小説を見つけたら、きっと慌てふためき混乱し、私を追い込んだことを反省するだろうと思っていた。


まぁ実際には自宅で電気を消して隠れていただけなのだが。

そうしながら毎日、波乱万丈な逃亡記を投稿し、頃合いを見計らって、憔悴した様子で出ていこうと思っていたのだ。


しかし梅永は昨日の夜(私が第一話を投稿してすぐだ)、この小説を見つけ、それを私の文章だと確信し、更には私が締め切り逃れの妙案を企んでいることを見抜いたのだ。恐ろしい。

梅永は「なにが逃亡記ですか。自宅にいるんでしょう。明日の朝行くので開けてください。締め切りはなんとかします。」とメールを送ってきた。


翌日、朝7時に梅永は私の家にやってきた。

6時50分に着信があり、10分間鳴り続け、7時にドアチャイムの音が加わった。

私はもはやこれまでと観念し、玄関に出て、深呼吸したあと、ドアを開けた。


「おはようございます」

短髪で長身、がっしりとした体躯の梅永は、文化系には似合わないはきはきとした喋り方をする。

私の横をすりぬけ部屋に入ると、仕事用の椅子のそばに、座布団を敷いてどかっと座り込む。

私はおずおずと仕事椅子に座るが、思い直して自分も床に正座する。


「話はわかっています。自分も古賀さんの気持ちはわかっているつもりです。追い込みすぎてすみません。そこについては反省してます」

梅永は堅い表情を崩さずに少し頭を下げる。


私が口を開こうとすると、梅永が続ける。

「だけど今回は8:2で古賀さんが悪いと思います」

開きかけた口を閉じ、私は"その通りだ"と頭を下げる。

「一度引き受けた仕事には責任を持ってください。どんな職業だろうと同じです。小説家だろうと海賊だろうと変わりません」

海賊は少し違うんじゃないかと思ったが、私はうなずくしかない。


「しかもあれはなんですか。嘘の逃亡記を書いてる暇があったら小説を書いてくださいよ。馬鹿にしてるんですか」

「いや、それは違っていて、、でもよく見つけたね、、あんなに早く」

「当然です」

「しかも逃亡記が嘘だってのも。リアルに書いたつもりだったんだけど、、」

「ベランダのサンダルがそのままでした」

「サンダル?」

「ええ、玄関に私がいて、ベランダから慌てて出たのなら、サンダルを履くしかないでしょう。でもそのままでした。逃亡記には裸足だという記述もなかった」

「それでフィクションだって気づいたんだ」

「はい」


さすがミステリー小説の担当編集者だと唸っていると、梅永は熱っぽい声で続けた。

「小説家がどれだけつらい仕事なのか自分にはわかりません。古賀さんを苦しめたいわけじゃない。そこはわかってください」

私は梅永の真っ直ぐな目を受けながら細くうなずく。

「来年からはペースも落とします。だからこの一本だけはいっしょに乗り切りましょう、お願いします」

梅永は床につくほど深く頭を下げ、私も顔に板目のあとが付くくらい低く頭を下げた。


去っていく前に梅永は、玄関でもういちど深く礼をした。

私は梅永の率直な言葉に胸を打たれ、幼稚な自分の企みに顔を熱くしながらも、今年中に一本書き上げようと決心した。

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