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皇軍将兵、異世界で生きる  作者: 扶桑瑞樹
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セブ島での戦い、そして・・・

大日本帝国陸軍の将校である島田一郎陸軍中尉はフィリピンのセブ島で部下である山本軍曹と共に絶望的な撤退戦を行っていたが、ついに潜伏していた洞窟を米軍に発見され、壮絶な戦死を遂げた・・・はずだった!? しかし、ふと気が付くと二人は生きていて、しかも洞窟を出てみるとそこは初めて見る森の中であった。

皇軍将兵たる二人は、見も知らぬ世界でそれぞれの新しい人生を送ることに・・・

「俺の短い人生もここで終わりか・・・」

 遠くに響く砲爆撃の音をなんとなしに聞きながら、島田一郎陸軍中尉はセブ島の洞窟の中で痛む右足をさすりつつ今までの人生を振り返っていた。


 島田は、1923年(大正12年)に裕福な商社社長の長男として生まれた。

 子供時代にはあまり不自由な生活は送らなかったというか、甘やかされて甘い物や美味しい物をたくさん食べて小太りと言ってもいい体形になっていた島田であったが、成長した頃には大陸での戦争が長引いて日本国内でも食料の不足が見られるようになっており、体形については普通の日本人よりは若干たくましいといったレベルまで引き締まっていた。

 そんな中、小さな頃から勉強が得意だった島田はエリートの登竜門と言われた第一高等学校に進学したが、家業を継ぐべく経済学を学んで欲しかった親の期待に反して「おなか一杯白米を食べられる国を作ろう」と農学を極めることを決め、努力の末に東京帝国大学農学部に進学することができた。


 しかしそんな島田の希望も空しく、戦争が激化する中で大学生をも戦場へと送ることが決定され、島田は1943年10月21日に明治神宮外苑競技場で実施された盛大な「学徒出陣壮行会」に参加し、多数の人に見送られ陸軍に入隊することとなった。

 学徒出陣ではほとんどの者が兵隊として軍に送られるが、帝大で軍隊生活の噂を聞き、それを回避するための色々な知識を有していた島田は「兵隊で苦労するなら、いっそ特操見習士官のほうが」と陸軍の操縦士を養成する特別操縦見習士官に真っ先に志願、教育訓練を受けたのちに陸軍少尉に任官し一式戦闘機隼の操縦士としてフィリピン戦線に投入された。


 ところが戦況の悪化は著しく、ろくに飛行することのないまま敵の空襲で右足の膝から下を失い、セブ島の野戦病院に送られたものの、1945年3月、島田が中尉に昇進したのと時を同じくして米軍がセブ島に上陸、あとは撤退に次ぐ撤退で野戦病院の兵たちとともに島の中の山々を逃げ回る日々になったのであった。


「中尉殿、大丈夫ですか」

 野戦病院で知り合った山本軍曹が近寄って話しかけてきた。

 山本軍曹は、戦闘で左腕に銃創を負ったが、さほどの重傷ではなく未だ戦闘可能な数少ない兵であり、洞窟の警備を担当している。

 彼は自分よりも年上の35歳であり、徴兵後は中国大陸をはじめとして各地の前線を転戦しており、戦闘経験はかなりなものであった。野戦病院で出会ってからは島田の副官のように色々と手助けをしてくれており、島田は彼にとても信頼を置いていた。

「ああ、もう痛みにも慣れたよ」

「そうですか、それはなによりと言っていいものですかね」

 山本軍曹は苦笑しながら島田中尉の横に腰を下ろして言った。

「司令部は持久戦を決定したようですが、この有様だ。長くは持たないでしょうね」

 当初、野戦病院には多数の傷病兵がいたが、撤退の間に散り散りとなり、今ではこの隊にいるのは島田中尉と山本軍曹を含め傷病兵が数名だけであった。


「まあ、実質もう戦闘は不可能だろう。ただ、この洞窟を見つけられたのは幸いだった」

 島田は洞窟を眺めながら言った。

 この小さな洞窟は山の中を撤退している最中に山本が見つけたものだが、どうも先客として工兵部隊が使っていたようで、洞窟の奥には荷物になるので放棄していったのか梱包爆薬などの工兵資材のほかに若干の武器弾薬なども隠匿してあったのだ。

「まあ、私は食料のほうを残していって欲しかったですがね」

「それは無理だろう。今や水と食料のほうが武器よりも大事だ」

「そうですね。もう一度お腹一杯になる位白米が食いたいなあ。死ぬ前にまた味噌汁が飲みたいですよ」


 もう何日もまともな食事にはありつけていない。

 幸い、洞窟の近くに川があり水はなんとかなったので、今も二人を残してほかの兵は水を汲みに行っている。

 お腹いっぱい食べられる国を作るために帝大まで進学して農学を学んだのに、それを全く生かせなかった自分の人生がなんだか滑稽に思えた。

 ましてや戦闘機の操縦士として陸軍では恵まれた食事を支給されていた島田が、今やこんな南の島で洞窟にこもって文字通り草の根を齧って生きているのだ。

 子供のころに親が裕福だったおかげで贅沢を尽くしたことで、かえって今の困窮状態が堪えている。貧農の一家だったという山本ですら愚痴をこぼすのだから島田にとって今の食生活は耐え難い苦痛だった。


 島田は自分の横に置かれている九九式破壊筒の先から出ている紐を見ながら言った。

「まあ武器があっても、もうそれを使う兵もいないしな。敵は重傷を負った捕虜は取らないらしいし、いざとなったらこいつで敵もろとも潔く散るさ」

 九九式破壊筒は、敵の鉄条網などを爆破して切り開く長さ1mちょっとの爆薬が詰められた金属の筒だが、ここではその先に梱包爆薬が入った木箱がいくつも積み上げられている。

 これが爆発すれば洞窟はおろか、入り口の周りまで跡形もなく消し飛んでしまうだろう。

「山本、お前はまだ歩ける。もし敵が来るようだったら俺を置いて逃げろ」

「中尉殿、何を言っているんですか! 指揮官を置いて逃げるなんて私はできませんよ!」

「あのな、この戦争はもう終わりなんだ。あとは生き残る努力を・・・」


 その時だった。洞窟の外で短機関銃の発射音がして、それに引き続いて聞き覚えのある我が軍の小銃の発砲音が数回。あとは手榴弾と思われる爆発音がいくつかして急に静かになった。

「中尉殿、水汲みに行った連中が敵と遭遇したみたいですね」

「ああ、どうやら全滅したようだ。いよいよこれまでか。山本、お前は早く逃げろ」

 洞窟の入り口のほうの様子を伺っている山本軍曹の背中を押して逃げるように促す。

 この洞窟は入り口から入って10mほど行ったところで直角に曲がっており、二人がいるのはその突き当りなので入り口からは見えない。

 中に入ってこない限りは先が曲がっていることはわからないだろう。

 まあ、最近の米軍は火炎放射器で洞窟を焼き払う戦術を使うようなので、それをやられたらもうお終いな訳だが。


「ほら、今ならまだ間に合うから」

 山本を逃がそうとすると、彼が振り向いて人差し指を口にあてた。

「中尉殿、静かに。もう来ちまったようです」

 聞き耳を立てると、洞窟の入り口のほうから話し声が聞こえる。

 英語だな。ここに穴がある、気をつけろとか何とか言っている・・・。

 こうなったらあとはもう見つからないように祈るしかない。

 二人で息を潜めてじっとしていると、叫び声とともに何か金属の物体が曲がり角のところに転がってきた。

「中尉殿、手榴弾だ!」

 山本軍曹がバッと飛び出すと、転がってきた物体の上に飛び伏せた。

 その直後、爆発音とともに山本軍曹の体が少し飛び上がり、そして動かなくなった。

「ちくしょう! よくも山本を!」

 叫びながら島田は破壊筒の点火栓についている紐を勢いよく引っ張った。

 これであいつらも道連れだ!

 奇妙な満足感を覚えながら、木箱から発した強烈な光とともに島田の意識は消失した。


初めて書く小説ですが、どうぞよろしくお願いします。

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