もやもや。
雨が降っている。
マキ姐に「休憩しててもいいよ」っと言われて、
今、収録スタジオの裏口のトラックが出入りする場所で
コーヒーをのんでいる。
コーヒーは無糖ブラック、エスプレッソしか飲まない。
苦すぎて受け付けないって拒む人が多い種類だけど、
人が拒んでいる顔が、自分の過去に向けられていた顔に
重なって、コーヒーのことが好きになった。
「お前も意味なく傷つけられるんだよな。」
ぼそっとコーヒーにつぶやいて右手で右側にある缶をつかんで
口に押し当てた。
雨が降っている。
雲の天井から無数に滴ってくる 水は
黒々しく濁っている。
黒いコンクリートに落ちると共にはじけてしまう。
そこにあったものが、今見ていたものが
地面に当たってなくなっていく、
今 確かに存在していたものが なくなっていく
それの繰り返しだ。
コーヒーは贅沢品。
苦味をほしがっている人たちのために作られた。
その人たちのために売られる。
全ての人に受け入れられらいことはわかっている。
のに、「嫌い」っていわれると
コーヒーはつらいよな。って思う。
自分が苦くしたんじゃない、
自分を取り巻く環境が苦くして
時には ミルクを入れたりする。
誰かに合わせて生きてきたのに
「嫌い」なんて、言われたくないだろうな。
どぶの中に意識が落ちる。
深く、深く 自分が堕ちていくのがわかる。
あがいても強大な力が引き込んでいく。
逃げることのできない、過去の力が
いまだ僕を苦しめる。
逃げたくてもにげれない。
僕ができることは 目を背けるだけ。
向き合うことなんてできるわけない。
怖すぎる。自分がしてきたことは。
浪人してしまった時
僕には付き合っていた彼女がいた。
彼女は年下で受験の間僕をずっとまっていてくれたのに
僕は、落ちてしまった。
高校のとき、軽音楽部で知り合った僕らは
二人とも一目ぼれで付き合うことになった。
彼女はほんとにいい子で
控えめで おしとやかで 僕にはもったいないぐらいだった。
彼女に僕の何が好きなのか聞くと。
「生徒会長とか、部長とか、人の前で堂々とできるところ。」
って必ず言う。
だけど。生徒会長や部長をやっている僕は
僕の中では「違う人」なんだ。
人の前に立つときにかならず他人の皮をかぶる。
「僕はこんなリーダーの人ならついていけるだろうな」
っておもった人になる。
「僕はこんな人の話なら聞くな」
って思った人になる。
僕は そこにいない。オリジナルの僕じゃないんだ。
そんな僕を好きになってくれたから、
僕は虚勢を張り続けた。
けど、ほんとの自分じゃないから
いつ嫌われるかわからなくて不安だった。
わかってくれよ。僕はそんな立派な人間じゃないんだ。
人の悪口だって言うし、はしゃぐ子供を見てむかつくことだってある。
たいした人間じゃないんだ。
浪人をした後
僕は別れを切り出された。
理由は「僕は嫌われているから」だった。
後輩たちは自分の言うことを聞いてくれない。
急速に部員が入ったからやり方だってわからなかった。
先輩もいない、同期の人たちはみんな部活をやめた。
僕一人で50人以上を見なくちゃいけなかった。
もちろん、「違う僕」でみんなに接した。
自分を出してまとめれるはずなどなかった。
人手不足でなにもできない部長に
活気ある後輩たちは反感を持ち始めた。
それが、大きくなり僕は「独裁者」だの「ファシスト」だの
好きなことを言われた。
でも僕は 後輩たちを見捨てて部活をやめれなかった。
だからそんな嫌われている中でも任期をまっとうした。
そんなとこが僕が唯一僕をなぐさめてやれる部分だった。
「お前は偉いじゃないか」って
いえる部分だった。
でも、彼女はその部分さえも否定した。
「さっさとやめて、嫌われらなきゃよかったのにね」
とか。
「あなたの悪口を言う人たちを嫌いになりたくない」
って言われて、別れを告げられた。
でも実際は、僕とま逆のような
がっちりとした体格のみんなに好かれている
誠実な人が浮気の相手だった。
別れる前からそいつとくっついて
居心地のいいほうと一緒になろうとしてた。
僕はそれを告げられず、
別れられて。なんでだろう・・。っておもって
泣き崩れる日々が続いた。
ださ・・・。
それから僕は 人と付き合うのがいやになった。
予備校でも友達をつくらず 本と雑誌と勉強に時間を使った。
それが功を奏してかマキ姐のマネージャーになっているけど。
思い出したくない過去のひとつだ・・・。
どぶが引いた。
いつの間にか雨もやんでいた。
コーヒーは冷め切ってきた。
「淳くーん?なにしてるの?」
「あ・・っ、お疲れ様です。」
撮影用の衣装でうろついたみたいで
上からダウンを羽織っていた。
僕はわけのわからない気持ちになって
目のはじから、だぁっと液体が出てきた。
「うぁぁ!どうしたの淳くん!?」
あわててマキ姐がかけよってくる。
僕の顔に彼女の手がふわりと添えられる。
僕は、その暖かさに安堵したのか
なんなのか、液体はとまらない。
そして、ついつい口走ってしまう。
「マキ姐・・つらいよ・・。嫌われるのはいやだ。」
マキ姐は一瞬戸惑った顔をしたが
ふっ、何かを悟ったような顔になって、
添えている手を僕の後頭部におき自分の胸に押し当てた。
「大丈夫。私は嫌いにならないよ。ずっとここにいていいよ。」
僕はやさしい香りに包まている。
やさしくて、あったかくて・・信じてもいいって体が言ってる。
「信じていい?」て言ったら。
「信じられない?」
ってきた。
「ううん。信じてみる。」
「うん。わかったよ。」
雨が引いて 雲がなくなり
少しずつ空が顔をだしてきた。
僕のあまえたな性格も出てきた。
でも今は、マキ姐に包まれていたい。
スーツをきた泣き顔の大人が
ダウンを着ている女優さんに抱きしめられている。
他の人がみたらなんていうだろうか。
だんだん、冷静になってきて、これがものすごく
恥ずかしいことのように思えてきた。
涙も引いて、過去もどっかにいっていた。
「す・・・すいません」
さっとマキ姐から距離をとると
「じゃあ・・交代ね。」
って、僕の胸に飛び込んでくる。
だまって、されるがままになる。
「ぎゅーってしないとっ、にげられんぞ。」
腰の辺りをぎゅーってする。
「いたい!いたい!ギブ!ギブアップ!!」
僕の腕をばしばし叩きながら
マキ姐が叫んだ。
「ははは。」
僕はおもわずわらってしまう。
「もぉー。マネージャーでしょ。淳君は」
「そうでした?」
「職務放棄かっ」
幼げな笑顔を向ける彼女に僕は安心する。
いつまでも こんな太陽が
てらしていてくれるのかな。
逃がさないようにもっかいギュッてしとこう。
「痛い!痛い!ギブー!折れる折れる!」
まったく危機感のない声が聞こえた。
僕はこの人につくづく甘えそうだなぁ。
スタジオの裏口で二人は抱きしめあっている。
幡から見ても僕らは中がよさそうにみえるんだろうな。
淳はいいやつなんです。けど、自分の出し方がわからなくて、ずっとなやんでるんです。そんなこと関係なくマキ姐は淳をたすけてます。マキ姐もいやいやではなく自然に助けれています。いい人たちだよ。