第98話 連邦と魔王軍
――――王都内・とある場所。
水滴の滴る地下室に、カリカリと筆記の音が響く。
そこで報告書を書き上げているのはアルナ教会王都支部長、マルドーだった。
「始まったか......」
上から響いてくる銃撃音は、彼にとって計画の合図。
そんなマルドーは、ふと壁から伸びる影に気がついた。
「おや、来るならくると一言申してくだされば茶の1つでも出していたのに――――新生魔王軍 最高幹部ヒューモラス殿?」
影は声に反応すると、人型に変形。
ローブを纏ったスキンヘッドの男へと姿を変えた。
「これは失敬、別にマルドー殿を疑って潜んでいたわけではありませんこと、ご留意を」
「どうかな? でもまぁ今はそういうことにしておいてやろう、安心したまえヒューモラスくん。すぐ紅茶を入れる」
慣れた手付きで準備をするマルドー。
静かな地下室に、地上からの銃声がこだます。
「ウチのプリーストから聞いたぞ、王都中に霊が漏れているらしいじゃないか。魔王軍は結界の管理もできないのかね?」
「不幸は時に前触れなく訪れるもの......、"ホムンクルス"の製造は初めてなもので......ご容赦願いたく存じます」
「全く、よくあの場所でバレないものだ――――関心するよ」
「貴国のお力添えあってのことです、感謝していますよマルドー支部長」
紅茶が注がれる。
カップから湯気が立ち昇り、部屋は上品な香りで満たされた。
「いえ......それともこう呼べば良いですかな? "ミハイル連邦工作機関少佐"マルドー殿?」
「どちらでも構わんよ、好きに呼びたまえ」
紅茶を啜ろうとしたヒューモラスを、マルドーが静止する。
「我が国ではジャムを舐めながら紅茶をいただくんだ、これが非常に絶品でね。君も味わうといい」
差し出されたジャムと一緒に紅茶を喉に通す。
なるほど、確かに美味であった。
"連邦製の茶葉"は実に見事であるとヒューモラスは舌を鳴らす。
「マルドー支部長、上で平和主義を謳っていたデモ集団も貴殿らの差し金で?」
「あぁ、思考の停止したお花畑共を操るなんざいたって簡単だ。ヤツらの平和を願う祈りは、連邦を守り王国を縛る鎖たりえる」
マルドーはカップの紅茶を口につけた。
「もっとも――――もう用済みだがね......、君たちが上で亜人を召喚してあのざまだ。もう使い物になるまい」
「人間の使い捨てですか......不幸ですねぇ......、実に不幸だ。軍事への怨嗟と怒りがハーモニーを奏でているようです」
「君らがやったことじゃないか」
「アーク第2級将軍のゲリラ攻撃ですね、私の命令ではありません」
カップを置くヒューモラス。
「現実に、連邦と魔王軍はこうして癒着を築いている――――それだけで十分ではありませんか?」
「王国の力を弱めれば、お互いに得――――ということですね、利害の一致はまさに奇跡と呼べるでしょう」
紅茶を飲み干したマルドーへ、ヒューモラスが続けた。
「しかし、共産主義者が魔王軍という異物を認めるとは思ってもみなかったですよ」
「偉大なる建国者であり、あの革命の象徴たる同志レーニンが失踪して久しい。我らが同志書記長は将校の大粛清で権力を維持してはいるが......」
「弊害による軍の弱体化がひどい......っということですな?」
「痛い話だ、だからこうして必死になって裏工作をせねばならない。君たちなぞと手を組まねばならない」
アルナ教会の制服を着たマルドーは、ふぅとため息をつく。
スパイ――――それこそが彼の役目であり、アルナ教会王都支部の支部長として祖国ミハイル連邦に尽くしていた。
そんな連邦の工作機関少佐へ、ヒューモラスは声色を変えずに言った。
「幽霊騒動のことで嗅ぎつけたプリーストは?」
「心配しなくとも、魔王軍から借りた亜人が今頃教会で始末している手筈だ。全く王国軍から依頼を受けたばっかりに」
「よいのですか? 自分の可愛い部下でしょうに」
「人的資源などまた漁ってくればいい、次はもっとバカなヤツが望ましいな」
それだけ言うと、マルドーは部屋を出た。
ここ数ヶ月で纏めたスパイ記録、その報告書を持って――――――