第93話 アルナ教会
「マルドー支部長、例の幽霊騒動のことでお話が......」
――――アルナ教会王都支部。
ステンドガラス越しの太陽によって神秘的な威光を放つここで、聖職者のルシアは真剣な面持ちで初老の上司に具申していた。
「ここ1週間で冒険者ギルドへ寄せられた関連する依頼は100件以上、墓地の安定がうまくいってないのでは?」
墓地や病院などの施設では、悪霊が外へ出ないよう教会が結界を張る。
これら作業を"安定"と彼らは呼んでいるが、今回の幽霊騒動はその墓地や病院から漏れ出たものが原因ではないかとルシアは感じていた。
だが、支部長マルドーは首を横に振った。
「王都内の墓地の安定は既に確認している、漏れなど欠片も見当たらんかったよ」
「では一体どこから? ここまで広範囲に霊が漏れるなんてありえません......つい先日は王国軍からも依頼が来ましたよ」
「王国軍......、国家の犬であり忌むべき暴力装置――――女神アルナ様の教えに反する悪しき組織か......」
マルドーは拳を握る。
「お前には王国軍の悪行をさんざん教えたつもりだったが......、なぜ奴らの基地にまで安定を施した?」
「む、昔馴染みの冒険者を仲介されまして......。王国軍が悪なのはもちろん理解しています、ですが仕事だけはちゃんとしないと......」
ルシアは数歩下がると、その頭を下げた。
「申し訳ありませんマルドー様、神に反する組織へ無断で安定を施したこと――――謝罪します」
「もうよい、貴様は王都支部唯一のプリーストだ。今後はあまり勝手なことをしないように」
「......はい」
顔を上げ、空色の髪を払うルシア。
「して――――幽霊騒動はどう解決するつもりだ?」
「まず霊の発生場所を調べる必要があります、そして原因の源を突き止めて封じます」
「......なにもそこまでしなくとも自然に収まるのではないか?」
「いえ必要です、いくら結界を張ろうと源を絶たない限りこの問題は永遠に終わりません。早急に特定しないと......!」
聖属性魔法を右手に宿らす。
「これ以上長引かせられません、わたしの手で終わらせます」
「......お前がそこまで言うなら任せよう、この件は頼んだぞ」
「はい!」
マルドー支部長は奥の部屋へ続く扉を開けた。
「我々アルナ教会は女神アルナ様に尽くし、世界平和のためにその身を捧げる者。くれぐれも神の教えを忘れるな」
「はい、アルナ様のご加護へ常に感謝し――――この身をもって献身します」
「そうだ、女神アルナ様の教え通り平和を説く。それこそが軍隊を必要としない唯一の紛争解決法だ」
扉を閉めたマルドーはため息をつくと、小さく――――誰にも聞こえない声で呟いた。
「幽霊騒動の根源を封じる......か、踏み込みすぎたな――――――ルシア」
マルドーは果物ナイフを勢いよく机に突き刺す。
整理中だった人事関係の書類の1枚、ルシアの履歴書――――その顔写真の部分が貫かれた。