第92話 抹茶アイスのおじさん
様々な出店の並ぶ中央市場を歩きながら、俺はアルナ教会王都支部を目指していた。
「エルドさ~ん、マジで行くんスか? ああいうのは相手にするだけ無駄な感じがするんですけど......」
「いいや言うね! こっちは金だって払ってるんだ。プロ意識のないプリーストを派遣した報いにクレームの1個ぐらい入れてやる!」
つまりそういうこと。
「人殺しで戦争の道具でしかない軍隊と仕事はしたくない」と、よりにもよって散々前線で戦ってきた人間の前で言ってきたあのプリースト。
私情に任せるなら、ミハイル連邦にあるという内務人民委員会に所属して粛清してやりたいくらいだ。
「まぁわたしだってあの時は内心キレかけましたけど、ここは大人の対応でも良いんじゃないッスか?」
「人様の職を目の前で否定してくる非常識なヤツに大人の対応もあるか、アサルトライフルを持ってこなかっただけマシだと思ってくれ」
「ガチじゃないッスか、殴り込む気満々ですね......」
本当は説教くらいしてやりたいが、あいにくそんな暇はない。
魔王城侵攻のためにも次は亜人国を攻略せねばならない、いつでも出撃できるよう身構えておかねばならないのだ。
っと、あれは......?
「戦争反対ー! このような行為は隣国をも挑発する!」
「魔王軍とは対話で解決しろー!!」
「軍部は戦争をしたがっている! 軍事産業の陰謀だ!!」
デモだと......!?
ついこないだロンドニアが攻撃されててっきり減ったと思ってたが、まだこんなバカを言う連中がいたのか。
そして一番信じられないのは、横断幕の中になんと"連邦語"が混じっていることだ。
周囲には国より自分たちが正しいと訴えるための国旗すら見受けられない。
通常のデモとは程遠かった。
「なんかああいうの見ると憂鬱になりますよね......、自分たちが命懸けで守ってるのはああいう連中なのかって気がするッス」
「わからんでもない、後ろからナイフで刺される気分だ」
このデモも、件のプリーストも。
なぜこうも現実を直視できないやつが多いんだ、後方の平和は前線の兵士の危険を対価として支払っているから手に入っているのに。
そう憤っていた俺たちだが、ふと後ろから肩をポンポンと叩かれた。
「君たち王国軍の人だろ? アイスあるんだけど食べてかない?」
「えっ? いやどなたですか?」
「ただのしがないアイス屋だよ、けどちょっと軍人には縁があってね......。あのデモのことなら相談に乗るよ?」
差し出されたのは抹茶アイス。
新緑色の今流行っている味だった。
「あれっ、抹茶味ってトロイメライやロンドニア以外でも発売されたんッスか?」
「つい先日王都でも扱うことになってね、今回は軍人割りで無料にしてあげるよ」
「マジですか!? ありがとうございます!」
そのままアイスを頬張るセリカ。
噴水近くのベンチへ腰を降ろすと、アイス屋の人も隣へ座った。
「あのデモ隊が憎いか?」
「憎い......というより、やるせない気持ちになりますね。自分たちが命懸けで守ってるのがああいう連中なんだと思うと......」
「いや同感だよ、僕も一時はそう思っていた」
大通りを行進するデモ隊へその人は視線を向ける。
「後方で平和だの話し合いだの叫ぶヤツほど、前線で身を削っている兵士を蔑ろにする......。兵士だって同じ人間なのにな」
「......おっしゃる通りです」
「あぁ......だからこそ辛い。軍人なんてのは大半が平和主義者だ、戦争なんて望むやつは一部を除いていないだろう」
アイス屋さんは空を見上げる。
「これは僕の先輩にあたる方が言ったんだけどね。あのような連中がウチの国にもいてよく批判されたもんだ.......、憲法違反なんじゃないかとか色々ね。でも先輩はこう言った――――――」
立ち上がったアイス屋の人の目は一般人と明らかに違う、黒い瞳に軍人特有の光を宿らせていた。
「そういう人達も守るのが――――――"自衛隊"です。ってね」
アイス屋の人はクルリと背を向け、荷物を持った。
「まぁ何が言いたいかというと、君たち王国軍もああいう嫌な連中を守る力と責務を持ってるってことさ。あと――――誇りを忘れるな、君たちは立派な職業に就いている」
それだけ言い残し、抹茶アイスをくれたその人は人混みの中へ消えてしまった。