第89話 幽霊退治のエキスパート! ......これで大丈夫だと思っていました
喫茶店のような広報室で、俺とセリカはひたすら来客を待ち構えていた。
フィオーレに紹介してもらった『アルナ教会』、そこのプリーストが今日打ち合わせに来るのだ。
「どんな人ッスかね? 聖職者っていうくらいだからどこか神々しかったり?」
「知らん、職業の名前なだけだし案外普通の人なんじゃないか? 少なくともミリタリー雑誌を部屋にしこたま溜めてるお前よかよっぽどマトモだろうけど」
「ちょっ!? なんでそれ知ってるんスか! さては幽霊騒動でわたしの部屋に入った時見ましたね!? プライバシーの侵害ッスよ!!」
「緊急避難的な状況だったしセーフだセーフ。むしろあの時助けなかったらお前今ごろ窒息死してたぞ」
「ぐぬぬっ」と俺を睨めるセリカ。
このミリオタは、どうやら自身を健全な一般人だとまだ信じているらしい。
このご時世では我々のような存在が稀有だというのに。
だが、そうこうしているうちに扉がノックされた。
どうやら到着したらしい。
「はいは~い、今開けますねー」
セリカが扉を開けると、そこには白が基調となったアルナ教会の制服に身を包む少女が立っていた。
「えー.....初めまして、アルナ教会王都支部のプリーストを務めるルシア・ミリタリアスです。上がらせていただいても?」
「どうぞどうぞ、本日はお手数おかけしてすみません。あっ、今お茶をお出しますので適当にお掛けください」
「わかりました......」
接客モード全開のセリカが、彼女を室内へ招き入れる。
ルシアと名乗った少女は、空色のセミロングが綺麗な13〜14歳のどこにでもいそうな女の子だ。
こんな小さい子が幽霊退治のエキスパートなのか?
――――っと一瞬考えたが、王国陸軍のセリカでまだ15歳なので不思議ではないかと納得。
相変わらずこの国は実力至上主義なんだな。
椅子に掛けたルシアは、どこか落ち着きがなくずっとソワソワしていた。
「はい、お茶どーぞ」
「どっ......どうも」
緊張してるのか? 案外人見知りなのかも。
ここは優しくそして円滑に打ち合わせを進める他にないな。
「えー、今日はありがとうございますルシアさん。さっそくですが仕事の話をしても?」
「構いません、まずはどのような被害が出ているか聞かせてください」
俺はとりあえずここ数日間、セリカの部屋を中心に出る幽霊や怪奇現象について話した。
天井の怪異、勝手に動く人形、首を絞めてくる影などなどだ。
「えーっと、どのような対処法をしたのですか? なんかそこら中に穴が空いてるんですが......」
「あーそれはッスね、一昨日の夜に思いっきり幽霊と交戦した名残りなんですよ」
「こっ、交戦......!?」
「はい、9ミリ拳銃とトレンチガンで倒せるかなーって思ったんスけどやっぱ無理でした」
「拳......銃......」
ワナワナとルシアが震え出す。
「もうどうしようもないんで、最悪この広報本部を榴弾砲で吹っ飛ばす案まで出たんですよ」
「りゅ、榴弾......?」
その可愛らしかった顔がドンドン怪訝なものに変わっていき、服が汗でビショビショになっている。
まるで本当に嫌なものを見るような......。
「大丈夫ですか?」
「あー、いえその.....わたし」
「なんッスか? そんな遠慮しなくても別に怒りなんかしませんって」
馴れ馴れしく肩を叩くセリカ。
だが、次の瞬間その手はルシアによって弾かれた。
いきなり過ぎる行動に啞然とする俺たちへ、彼女は言い放った。
「王都内で榴弾砲を撃つとか野蛮すぎます!! なんの考えもなく銃の引き金をひく軍人が気安く触らないでください!」
俺の脳内で警報が鳴り響いた。
これは最悪のパターンだ、よりにもよって......よりにもよって。
固まるセリカへ、ルシアは大声で叫んだ。
「わたしは......軍隊が大嫌いなんですッ!」
ソワソワしていた理由、なぜ変な汗をずっとかいていたかこれでわかった。
「なるほど、そういうこと......でしたか」
敵意を向けるプリーストへ俺は思わず呟いていた。
あの汗は......嫌な存在の根拠地で、嫌な存在と仕事など落ち着いてできるわけがないという意味か......。