第82話 王国軍コローナ広報本部は占拠されました
俺たちは就寝ラッパが鳴った後、いつもどおりに寝ていた。
完全武装した軍の施設、それも最後方である首都の広報本部ともなれば敵襲を受けるなどほぼありえない。
それが例え魔王によるものだろうと、可能性はゼロに等しいハズだったのだ。
「うわあああああぁぁぁぁぁぁぁッ!?」
聞いたこともないボリュームで響いたのは、セリカの声。
すぐに部屋の明かりをつけ、彼女の部屋へ向かった。
「おいセリカなにがあった! 大丈夫か!?」
扉を蹴り開けると、そこにはベッドの上で泣きじゃくるセリカの姿があった。
「えっ、エルドさんですか......?」
「あぁそうだ! なにがあった!」
「で......、出たんッスよぉ......」
「出た?」
「さっき寝てたらかなしばりにあって、怖くなって目を開けたら天井いっぱいに顔があったんですよぉ......」
は......? 顔? かなしばり?
こいつはいったいなにを言ってるんだ、海軍カレーの食べ過ぎで頭のネジでも飛んだのか?
「なにを言うかと思えば......、こんな夜中に迷惑も甚だしいぞ。どうせ夢じゃないのか?」
「夢なんかじゃないッスよ!! ホントにさっきまで天井が顔で埋め尽くされてたんですって!」
そうこう騒いでいると、いつの間にか後ろに少佐とオオミナトがやってきていた。
まぁあのボリュームで叫ばれたなら起きないはずもないか。
「つまり、セリカくんは幽霊を見たと?」
「絶対にそうです! 少佐はなにか魔力とか感じませんでしたか!?」
「特に魔力は感じなかったよ、そもそも不審者が侵入して気づかないわけがないんだが......」
それもそうだ、少佐は百戦錬磨の元勇者。
本当に不審者が侵入したのなら、真っ先に迎撃しているだろう。
その少佐がなにも感じていないことこそ証左と言って良いだろう。
「......て」
不意に後ろから声が聞こえた。
「なぁオオミナト......、今なにか言ったか?」
「いえ、わたしはなにも......」
「では少佐ですか?」
「僕も喋っていないが」
はい? じゃあ今のはいったい......。
「こっ......み......て」
再び、次はよりハッキリと聞こえた。
「......なにか後ろにいるね」
「冷静に言わんでください少佐......、銃は持ってないんですか?」
「持ってるが壁に穴を開けたくない。......まずはゆっくり後ろを見てみよう」
3人揃って後ろの通路へ振り向く。
「......いない?」
姿は皆無。
ただ薄暗い床が左右に広がり、壁があるのみだった。
「気のせいか、やっぱりただの夢だったみたいだな。この広報本部に侵入者――――――まして幽霊なんているはずも......」
安心しきっていた俺は上を見上げる。
っというより、見上げてしまった......。
「えっ?」
背筋が凍る。
通常であればただ天井があるだけのそこに"無数の顔"、それも全部子供のそれが俺たちを見下ろしていたのだ。
「こっちへ......来て?」
頭に直接響くような声が発せられると同時に、セリカの言葉が嘘偽りない事実だと確信した。
「総員一時撤退ッ!!!」
少佐に続いて、俺たちはセリカの部屋の窓ガラスをぶち破って外へ逃げる。
この日、王国軍コローナ広報協力本部は謎の存在によって占拠された。




