第76話 吸血鬼王の末裔は、この世で一番の乾きを知る
「ん......ッ、ここ......は?」
バカみたいな頭の痛みにうなされながら、エルミナはその重いまぶたを開けた。
勇者率いる王国軍と戦い、エルドという男に敗北を喫した記憶が覚醒と同時に蘇る。
――――そうだ、自分は敵に捕まって......。
「目が覚めた? 吸血鬼エルミナ」
「あんた、......リーリス?」
傍に座っていたのは、ローブを羽織った金髪の少女。
その碧眼は淡々と自分を見下ろしていた。
「これ、あんたが掛けてくれたの?」
エルミナは体にかぶさっていた毛布を掴むと、ゆっくり身を起こした。
「えぇ、だってあなた浜辺で倒れてたから」
「浜辺......? なんで、わたしはロンドニアで王国軍に負けて――――」
「確かにあなたは王国軍に負けた。でもアルミナが頑張って逃してくれたみたい――――――自分を犠牲にしてあなたの倒れる橋を破壊してね」
「嘘......、お姉ちゃんが?」
信じたくなかった。
勇者連中にあそこまで完璧に負け、唯一残った家族である姉が人間に捕まったなど。
「とりあえずあなたとても弱ってたから、回復ポーションを無理やり飲ませて"ここ"に運んだわ」
見渡せば、長らく目にしていない懐かしい景色が映る。
家具の一切が取り払われた書斎のようだった。
「ここって......うちのお城?」
「そう、昔あなたが住んでいたエーデルワイス城。司令部が壊滅したからもうここしか選択肢が無かった」
「司令部が壊滅......!? ギラン第1級将軍はどうしたのよ! 移動要塞スカーに乗ってたんでしょ!?」
「ギラン将軍は死んだ、移動要塞スカーもろとも王国軍の新兵器によって吹っ飛んだわ。敵の攻撃があと1日遅かったらわたしたちだって死んでた」
告げられるリーリスの言葉は、まるでフワフワとした妄想のようであり、エルミナは何度も妄想であってくれと思った。
だがこの状況がなによりの事実であり、彼女はギラン第1級将軍ごと司令部が消えたことを受け止める以外にない。
「銃......、砲......。まさかここまで強いなんて。人間なんて弱くて当たり前なのに、わたしたち魔族に勇者パーティーでもない一兵卒がなんでかなうのよ!?」
「連中はもう5年前とは違うということよエルミナ、連中はこの短期間で恐ろしい進化を遂げている。もう剣や弓は過去のものでしかない」
水筒を開けたリーリスは、フードを外して中に入った水を飲む。
「敗北は必然だった。だから侵攻前にあれほど警告したのに」
水筒をエルミナへ渡す。
――――『この攻勢は失敗する! あの国はもう農民国なんかじゃない、我々の復活を迎え撃つだけの力を持った軍事大国よ!』
自分が敗北主義と罵った言葉が脳裏をよぎった。
どうしようもない後悔を流すように、彼女は水筒を煽る。
リーリスから受け取った水は、エルミナの乾いた喉を一気に潤した。
「美味しい?」
「プハッ......不味い、生ヌルイ水なんて口に合わない......」
「いらないなら返して、それが最後の水だし」
伸びてきたリーリスの手を払うと、エルミナは最後の一滴まで水を飲み干した。
口元を拭うと、空になった水筒を困った表情のリーリスに押し付ける。
「勝利の美酒には程遠い......、でも乾いてしかたないの。なんでよ......」
「それが敗北。敗北はとにかく乾くもの、味わったことない?」
「ない......初めて」
「だったら良いかもね、良薬口に苦し」
「はぁ......? どういう意味よ」
「よく効く薬は苦いという意味。東洋の旅人から聞いたわ」
何回か首を振ったエルミナは、毛布を引っ剥がす。
「もう大丈夫?」
「えぇ......おかげさまで」
立ち上がったエルミナは、桃色のセミロングを揺らした。
「今すぐは無理でも、必ず王国を倒すッ......!! こんなところで挫けてたまるか! 吸血鬼王の末裔としていつかあの男を――――王国軍をぶっ壊す!!」