第72話 暴力の司令塔は、振り上げた拳を振り下ろす
―――――王国軍参謀本部。
長机に広がる地図の上、いくつもの師団を示す符号が並ぶここに、王国軍の頭脳たる軍人が揃っていた。
「ロンドニアの様子はどうなった?」
参謀次長の問いに、部下である参謀官が答える。
「街へ侵入した2体の吸血鬼は、ロンドニアに前方展開していたレーヴァテイン大隊が撃破したとのこと。1体は逃しましたが、もう1体を捕らえることに成功したようです」
「さすがは元勇者だ......、送り込んだ増援もキッチリ仕事をこなしたと聞く」
アルミナの造り出した『氷装ギガント・アイスゴーレム』は、新型戦車の誇る88ミリ砲によって文字通り粉砕された。
少し前なら騎士団が全滅したであろう敵を、1個戦車大隊で圧倒できたのは素晴らしいデータにもなった。
近代兵器は――――魔王軍に有効だと決定づけられたと言って良い。
「して、街の被害は?」
参謀次長はヒゲをさすりながら送られてきた写真を睨む。
「......時計塔が倒壊、ロンドニア中央駅は全壊、街の5分の1に被害が出ています」
参謀本部では、防衛線を無視して少数ながらもモンスターを展開できる召喚魔法も厄介視していた。
今回こそレーヴァテインの精鋭が駆逐してくれたものの、あれを王都で本格的にされると被害は計り知れない。
「手放しでは喜べんというわけか......、しかし被害にあったロンドニア市民には申し訳ないが、これで話し合いを謳う自称平和主義者たちも脳震盪を起こしたことだろう」
「えぇ、皮肉ですがようやく戦力の縛りは消えます。街への侵攻を完全に防ぐためにも"アレ"を使うことが可能というわけです」
参謀官は王国の西方――――国境線まで押し戻された魔王軍の戦力を表す符号を指差した。
「ちょうど、さきほどまで魔王軍による第3次攻勢が行われましたが、機関銃陣地がこれを完全に防ぎました。敵軍は魔王領へと撤退しました」
「吸血鬼によるロンドニア侵入は陽動で、その実こっちが本命だったか。敵の指揮官の泣きっ面が見えるな」
「新生魔王軍の被害は、想定でも8万にのぼると見られます。そろそろ頃合いでしょう」
途端、部屋のトビラがノックされた。
入室許可を受けて入ってきたのは、今王国軍で最も多忙を極める将校だった。
「これはこれは西方軍司令官殿、てっきり西に張り付いてると思っていたがちょうど良かった。これで話も進むというわけだ」
「部下が優秀なおかげだよ、私もその例の話とやらがそろそろされるんじゃないかと思ってな。足早に来た」
「ふん、どうせアイツから突き上げでもくらったのだろう? すぐに仕返すべきだとな......」
参謀次長は、不気味に笑うレーヴァテイン大隊長を思い浮かべた。
「元勇者、ジーク・ラインメタル少佐よりただちに報復を行うべきと具申がきている。それもあって例のプラン実行を進めたいのだよ」
「あの戦争狂のことだ、そんなことだろうと思ったよ。これだから勇者という生き物は......」
ジーク・ラインメタルは、階級こそ少佐だがその影響力は計り知れない。
1度は魔王を倒した元勇者という肩書きは、軍内においても相当の効力を有していたのだ。
「捕えた吸血鬼の身柄もラインメタル少佐が受け持っている、なにを企んでいるのやら......」
「ふん、だとしても我々の仕事は変わらんだろう。邪悪なる侵略軍を打ち払わねばならん」
ダンッと、参謀次長は机を割れんばかりに叩いた。
「これより、王国軍は大規模反撃に移る! かねてより勘案されていた『プランX』を発動せよ!!」
「西方軍もこれに同意する、これ以上魔王軍に好き勝手をさせるわけにはいかん」
「そのとおりだ! ただちに重爆撃飛行船にナパーム爆弾、そして枯葉剤を搭載せよ! 砲兵部隊にも連絡! 自走ロケット連隊と"例の兵器"を展開するよう伝えろ!!」
国家が本気を出した時どうなるか?
その先にあるものを、この後魔王軍は思い知ることとなる。