第71話 伝説級の巨人は、しかし国家の暴力の前には無力である
誰だって気の抜ける時はある。
例えば今みたいに強敵を倒し、橋の上で座り込んで空を見上げていた時だ。
ふと気絶するエルミナを見れば、その凶暴さを感じさせない容姿――――年齢にして13歳くらいだろうか? で倒れているのだからなおさら力が抜ける。
『身体能力強化』は強力だが、どうも疲労が半端じゃない......。
だが街の中心部――――デタラメな魔力と共に出現した氷の巨人。
同時に鳴った通信で、俺はこの余韻を失うこととなった。
《あーエルドくん。聞こえてるなら今すぐそこから飛び退きたまえ》
少佐の真意は、しかし橋をまるごと覆った影が教えてくれた。
「......おいおい嘘だろッ!?」
空中を飛んできたのはなんと"一軒家"。
ありえない、こんな光景あってたまるかと心中で叫びながら『身体能力強化』を発動。
間一髪のところで橋ごと潰されずにすんだ。
「なんつーデタラメだ! って......しまった!!」
橋上で寝かしていたエルミナが、気を失なったまま真下の運河へと落下。
瓦礫の水しぶきに紛れて、その姿は一瞬で見えなくなる。
最悪だ、なんたってこんなところに家が飛んでくる!
恨めしく巨人を見上げながら、俺は通信を行った。
「少佐! こちらエルド・フォルティス! 敵の最高幹部が橋ごと運河へ落下、このままでは取り逃がすおそれも......」
《わかっている、敵もそれが目的だろう。だがまずはあの巨人の対処を急がねばならない、全く退路を断ったネズミは恐ろしいものだよ》
巨人の両手が明るく輝きだす。
間違いなく魔法攻撃を行おうとしている、ただちに阻止せねばならないだろう。
しかし防ごうにも......
「我々の火器でどうにかなるんですかね......?」
俺たちレーヴァテイン大隊の装備は『アサルトライフル』、『ショットガン』、そして『拳銃』のみ。
3〜40メートルはありそうなあの巨人には、どう考えたって火力が足りない。
《エルドくん、なぜ歩兵の持つ銃が"小銃"と呼ばれると思う?》
「名前のとおり小さい銃だからでは......?」
《ならもうわかるだろう? 小銃にはその対となるものがあるということだ》
思い出す。
ロンドニアへ向かう途中、少佐が郊外に展開する別の部隊へ応援を要請していたことを。
俺は冗談でしょうと笑って誤魔化したかったが、そんな芸当は無理だった。
遠くからこだますいくつものエンジン音は、まるで巨人を破滅へ導くカウントダウン。
「まさか......アレを呼んだんですか?」
《あぁ、血の気の多い巨像たちだ。街を荒らされてさぞご立腹だろう》
これは......大通りの修理が大変になるな。
極大の氷魔法の発現によって周囲の気温がさらに下がる中、俺は巨人を見つめていた。
恐怖からではない、あの美しい造形が間もなく消え去るからだ。
《デカい的にはより大きな質量をより速くぶつければいい! これが国営パーティーの本領だ!!!》
――――ドオォンッ――――!!!!
ロンドニアに響いたのは小銃とは違うさらに破壊的な轟音、巨人の右肩が吹き飛んだのはその直後だった。
一応ミリオタなのでわかる、世が世なら絶望しかない巨人に風穴を開けたのは、王国陸軍が誇る対ゴーレム用兵器。
《こちら第7機甲師団、第8戦車大隊! お待たせしました勇者殿、我らこれより敵を圧倒撃滅せん!!》
突き出た大砲は圧巻、あらゆる魔法攻撃を弾き返し、魔王軍を蹂躪するために造られた名を――――――『戦車』だった。
《定刻どおりの救援に感謝する大隊長! 的はデカいんだ、外してくれるなよ?》
《ハッハッハ!! 投石機なんかと一緒にせんでください! 全弾当てて見せますよ》
大通りはもちろん、健在だった大橋の上にまで続々と戦車部隊が現れる。
中には俺の見慣れない戦車まであった。
《あれは7型戦車!? 88ミリ砲搭載の最新型じゃないッスか!! ヤバい初めて見たぁ!!》
通信の向こうで、セリカが興奮気味に叫んでいる。
あの戦車はたしか元々高射砲だった88ミリ砲を、その威力から戦車に載っけてしまったというデタラメ高火力兵器だ。
《目標、正面敵アイスゴーレム! 弾種対榴、大隊集中――――――撃ッ!!!》
――――――
完全に予想外だったと、巨人の中でアルミナは頬に汗を流していた。
突如として現れたあの鉄の箱は、この『氷装ギガント・アイスゴーレム』の防御を安々と打ち砕いてきたのだ。
魔導士100人掛かりでも傷一つつかないこの究極奥義が、いとも簡単に破られていく。
大通り、橋の上から放たれる爆裂魔法のような攻撃は、せめてロンドニアと勇者だけでも道連れにしようとしたアルミナを一方的に削り取っていた。
「軍事大国......」
魔都の復活前、リーリスという女が警告していたことを思い出した。
大量に現れた鉄の箱は、その全てが魔王軍の持つ火力を上回っている。
最初から勝つことなど不可能だったのだと、アルミナはこの瞬間に悟っていた。
もはや連中はかつての人類ではない、烏合の衆から国家へ。
騎士団から強大な軍隊へと進化していた。
巨人の腕が爆発で吹き飛び、魔法が崩れ出す。
「すみませんお父様......、もはやここまでのようです」
インターバルを挟まず撃ち込まれる爆裂魔法を前に、どうしようもない力の差の前に、彼女は目を閉じる。
氷とともに崩れ落ちる中、アルミナは最後に敵である勇者の顔を見た。
「悪魔め......ッ!」
意識を失う刹那、アルミナが見た光景は――――ただただ頬を吊り上げる軍人となった勇者だった。