第70話 クソッタレにはさらに上のクソッタレで対抗しましょう
「エルドさんの方は終わったみたいッスよ、少佐」
通信具に耳を傾けていたセリカが、そのエンピで地面を叩く。
一面氷の世界と言ってもいい状態となった市街地で、ラインメタル少佐とセリカは吸血鬼との戦闘を進めていた。
「予想より早いね、給料分以上の仕事をしてくれているようで大変結構。労働者の鏡だ――――――こっちもそろそろ終わらせよう」
「そうッスね、エルドさんにあとでドヤ顔されるのもムカつきますし」
市街地の一角を氷漬けにするほどの戦闘、それら魔法を駆使して戦っていた吸血鬼アルミナは、限界に近い魔力と気力を振り絞って立っていた。
「はぁ......はぁ......っ」
手も足も出ない。
アルミナは持ちうる全ての力を使って、眼前の勇者と兵士を葬ろうとしていた。
冒険者パーティーや騎士団程度なら、彼女にとってなんら脅威でもない。
だが魔族の中でもトップクラスであるレベル103を誇るそんな彼女は、国営パーティーというどうしようもない壁にぶち当たったのだ。
勇者とスコップを担いだ兵士に、彼女の繰り出す攻撃はまるで――――――通じなかった。
「全く氷魔法の使い手は骨が折れる、あたり一帯がカチンコチンだ。こう寒いと北方での冬季演習を思い出すじゃないか」
「なにか嫌な思い出でもあるんスか?」
「変な笑みを浮かべないでくれ......特にないよ、そういう身内の話はエルドくんとでも楽しみたまえ」
「バッ......! ありえませんよあんなオタクと!」
「君も十分オタクだがね」
前に歩いた少佐は、拳銃をアルミナへ向けた。
「そろそろ降伏してくれないか? 人間でないとはいえこれ以上、幼気な少女と戦いたくはないんだ」
「さっきから嘘ばかり出るその口、勇者とやらが聞いて呆れるな......」
「失礼極まるね......僕はいたって真面目だよ、だからこうして紳士に取り合って――――――」
魔法の発動と発砲音が重なる。
放たれたアルミナの氷剣と少佐の9ミリ拳銃弾が、空中で相殺し合ったのだ。
「......いいだろう」
頬から流れる血を拭った少佐は、ホルスターから左手で拳銃を抜き取った。
「それが君の意思か!」
「あぁそうだ勇者ッ!! わたしは王の末裔! 氷の支配者アルミナ・ロード・エーデルワイス!! くだらん慈悲ではなく実力でくだしてみろ!!」
アルミナは空中――――半分無くなった時計塔より高く跳ぶと、その背に太陽を向けた。
青空の光に輝いたのは無数の氷でできた武器。
「最上位氷魔法――――『グラキエース・フレシェットランス』!!」
撃ち下ろされた氷槍は、雨のように降った。
「クッ......フフ、ハッハッハッハッ!! 舐めていたよ吸血鬼! くだらん雑草程度にしか思っていなかったが訂正しよう、君の信念はどうやら本物らしい!!」
両手の拳銃から発砲炎が吹き出た。
次々に撃ち出された拳銃弾は、迫りくる氷槍を矢継ぎ早に穿つ。
散弾のように降ってくる槍の壁に、撃墜された分だけの隙間が出来上がった。
「セリカくん!」
「はいッス!!」
セリカの両手を踏み台に、ラインメタル少佐は一気に跳び上がる。
猛烈な速度で『グラキエース・フレシェットランス』を潜り抜け、アルミナとの距離を詰めた。
「あまり街を壊さないでくれ、あれらは国民の財産だからね」
驚嘆するアルミナは、その瞬間真下に叩き落とされていた。
「ぐあっ......うッ!」
石畳が砕け、霜の張っていた地面が吹き飛んだ。
「――――これで君の魔力はほぼ空だ。どうする吸血鬼?」
屋根上に着地した少佐は土煙の方を見る。
「はぁっはぁっ......、あ......ぐっ」
氷槍を杖代わりにして、アルミナはなんとか身を起こしていた。
「人間ごときには......負けない」
「良い根性だ。でもさっきウチの部下から連絡があった、君の妹さんを捕えたらしい。どういう意味かわかるね?」
悪魔はニッコリと笑みを張り付ける。
「君たちは条約の対象外だ。捕虜として丁重に扱う必要がない、つまりは――――――」
屋根から飛び降り、拳銃の予備マガジンを挿し込む。
「情報を引き出すためにやりたい放題できるというわけだ」
ゾッとアルミナの背筋に冷たいものが走った。
思い付くのは"拷問"という単語、魔王軍最高幹部である立場を考えれば不思議ではない。
ありえる――――否、確実にしてくると断言すらできた。
「妹は......、エルミナだけは――――――」
尽きたはずの魔力を奮い起こす。
氷柱が次々と地面から出現し、やがてそれは巨大な影をロンドニアへ落とした。
「絶対に渡さないッ!!」
アルミナを中心に形成されたのは、一言で表すなら"氷の巨人"。
その姿は圧倒的で、家々を見下ろすほどだった。
「最上位氷魔法――――――創成せよ!『ギガント・アイスゴーレム』!!」
自分が逃げられる可能性をかなぐり捨てて、アルミナは巨人を操作。
エルミナの微弱な魔力目掛け、巨人の手で掴んだ家をまるごと放り投げた。