第69話 どこへ行こうと荒野なら、せめて楽しく歩いてみたいもんです
『身体能力強化』が凄まじい勢いで俺の中の魔力を燃やし、さきほどから魔族を超える機動力を与えてくれていた。
ひとたび地を蹴れば家の2、3軒は軽く飛び越え、そのたび獲物に肉薄するチャンスが一気に訪れる。
それは、このショットガンという武器と非常に相性がよろしかった。
橋の上まで追い詰め、さらに1発の弾丸をくれてやる。
「ありえない......! わたしの動きに魔導士がついてくるなんて」
「こちとらオオミナトのように派手な魔法は使えないんだ、その分初級魔法にガン振りしてるんだよ」
「ッ......!! 魔法の使えない魔導士だとッ!? そんなゴミがなぜここまで戦える......! わたしたちはこの世でもっとも優れた血を持っているというのに!」
エルミナが繰り出す必死の体術を、俺は少し後方に跳ぶことで回避する。
「さっきから王だのゴミだの......、ちょっと人間を舐めすぎてないか吸血鬼さんよ? 確かに俺は魔力以外恵まれなかったけどさ」
スライドを引いて装填、アイアンサイトの中心に敵を入れた。
「血やステータスなんて、趣味と得意分野1つあれば案外どうにかなるもんだよ」
両腕でスラグ弾をガードしたエルミナは、靴底で地面を擦る。
これだけ弾丸を浴びせてまだ耐えるか......、剣や弓の時代だったら本気でどうしようもなかっただろうな。
少々リスクは伴うが賭けに出てみるか......。
「趣味と得意分野1つだと......? 寝言は寝て言え!! この世のどうしようもない壁に当たったことのないヤツが、えらそうにわたしへ説教か!!」
「説教なんてするつもりない、ただよく言うだろ? 100回パンチしたら壊れる壁を99回叩いて諦めるのはもったいない。俺だってお前の相手なんてちょっと前までは無理ゲーだったんだしよ」
少し前にオオミナトが言っていた単語を混じえつつ排莢。
「どうしようもないだなんて死んでから決めるさ、やめて後悔しながら生きるのは死ぬよりしんどい。まして、他人にお前じゃ無理なんて言う害悪に成り下がるなんざゴメンだ」
懐かしき学院時代――――魔法テストのたびに同期や教師から浴びせられた冷たい視線を思い出す。
「お前には無理だ」、「どうせできない」と俺でもない連中が俺の可能性を潰そうとしてくる地獄だった。
魔剣や魔弓も扱えない、エンチャントと初期魔法だけ使える魔力無限の魔導士。
そんな俺が未来への壁を100回、1000回と叩けたのはきっと趣味のおかげだろう。
どこに行こうと荒野なのだ――――――どうせなら楽しく歩きたいと思うのが人間だ。
「その発想の時点で恵まれてるのよ!! わたしがどれだけ悔しくて、辛くて、耐え難くて諦めたかわかるはずない!!」
「あぁわからないね! 俺はお前に干渉できるような主人公キャラじゃない、お前の壁はお前だけのものだ!」
速射できる体勢でエルミナに突っ込む。
「黙れ黙れ黙れッ!!! 武器に頼る、ザコで群れるしかない人間がわたしたち魔族を侮辱するか!!」
ゾッとする魔力が彼女の足に集まった。
あれをくらったら多分即死する、殺意と憎しみと怒りのフルコースが詰まっているようですぐさま逃げ出したい。
だが壁は99回叩いた。
俺は最後の一撃を準備する。
「アンタのパターンはもう見切ったわ! もう銃撃が当たるなんて思わないことね!!」
「そりゃ怖い、じゃあ銃撃するのはもうやめよう――――――!」
「えっ......?」
囮として放り投げた銃を、エルミナの蹴りが空中でバラバラに粉砕した。
低くした姿勢から、俺はエルミナの無防備になった腹部を見上げる。
「な.....ッ!?」
遠距離からでは魔力で攻撃の威力を軽減されてしまう、ならばコイツのもっとも信仰する方法――――――親からもらったこの拳を直接叩き込むのが一番手っ取り早い!!
「がはっ......!」
100回目にして、その壁は完全に崩れ去った。
ガードし損ねたみぞおちを打ち抜かれ、エルミナは気を失う。
倒れ込んだ彼女を自分の胸に抱いた。
「......終わったッ」
動かなくなった少女と一緒に、俺はそのまま橋へ座り込んだ。
「最高にたちの悪い相手だったな......、もう二度と戦いたくない」
気付けばロンドニアに響いていた銃声はとっくに止んでおり、爽やかな風が頬を撫でる。
青空が目に染みる、そのくらい太陽が輝いていた。