第63話 後ろ弾の要因は排除するに越しません
「たった今ロンドニアが最高幹部によって強襲を受けたそうだ、さてどう思うエルドくん?」
装甲車内で通信を垂れ流していた少佐が、わかりきった答えを求めて俺へ尋ねた。
通信は混線しており、街はパニック状態になっていることが容易に知れる。
「一刻も早く着かなければ......という焦燥感以外ありませんよ」
弾倉に7.92ミリ弾を詰めながら横を見る。
俺の隣にはセリカが座っており、彼女もまたエンピを傍らに置きながら準備を進めていた。
「相変わらず鬼真面目だな君は、もう少し胆力を鍛えてみてはどうだい? 僕らがいくら貧乏ゆすりしようと装甲車の最高速度は上がらないんだ」
「しかし......、今こうしている間にも――――――」
30発目を入れた時、ふと見ればガラスの反射で少佐の顔が映った。
「少佐......?」
笑っていた。
俺の上官は、不利な情勢だというのに薄っすらと笑みを浮かべていたのだ。
「いいかいエルドくん、たかだか時計塔の1つや2つ、駅の3つや4つ吹っ飛ばされたところで僕らがすべきことは全く変わらない。この状況はむしろ好機と見るべきだろう」
少佐は拳銃に弾倉を挿しながら続けた。
「王のスピーチは聞いたね?」
「はい、開戦当初に......」
「なら話は早い、あの後から街はどう変わった? 王都やロンドニアを見て何を感じた?」
どういうことだろう、何か変わったことなど特になかったはずだ。
俺は思わず沈黙してしまう。
しばらくして時間切れということなのか、上官の問いにはニーハイソックスのズレを直していたセリカが答えた。
「......"何も変わってない"んッスよ、国民は戦争を肌で感じ取ってなんかないんです。後方は兵士も含めて平時と変わりません」
何も感じない、それこそが答えであった。
だがありえない、現に俺たちはこうして戦争しているではないか。
あまりにも現実と乖離した話に、汗かく俺をさらにふざけた情報が殴ってきた。
「なんと王都では『魔王軍と対話で解決するべき』なんていうデモが発生したらしい。前線のモンスターではなく後方の味方から背中を刺されるとは、なんとも気分が悪いことだね」
吐き捨てるように言う少佐。
魔王軍が侵攻してきたのに平和主義団体? いや、この情勢においては前線で奮闘する兵士を殺す偽善者集団と呼ぶべきだろう。
「ありえない......と信じたいのですが」
「残念ながら事実だ、故に僕は彼女たちに――――あの魔王軍に感謝すらしている」
「どういうことです!?」
「ロンドニアは尻尾だ、魔王軍は眠れる虎の尾を踏んだんだよ」
ここまで来てようやく理解する。
後方の平和ボケ、あふれかえる偽善者、そこに魔王軍の最高幹部が劇薬として突っ込まれたならどうなるか......。
「ある意味、ショック療法というわけですか......」
「そうだ、もうトロイメライコロシアム運営が辿ったような悲劇を繰り返すべきじゃない」
懐かしいな。
確かモンスターの護送を軍ではなく中級以下の冒険者ギルドに依頼して、盛大に爆死した連中じゃないか。
「あとはまぁもう1つ、どんな平和な国の人間も実戦を経験すれば変わる。"彼女"にはそれだけが足りなかった」
彼女? 平和な国と聞いて俺は黒髪の少女を思い出す。
「まさか......オオミナトさんをロンドニアに残したのは――――――」
彼女とあの吸血鬼を衝突させるため......?
「ご名答だ。平和ボケした戦闘民族を目覚めさせるにはこの手が一番なんでね」
最初から見通していたというのだろうか......、この元勇者は。
「ロンドニア郊外に展開中の"彼ら"に連絡、直ちに支援要請を送れ。それからセリカくん」
「はい」
「海軍さん風に言うなら合戦用意かな、おいたのすぎた吸血鬼共を叩きのめすぞ」
「了解ッス!」
ニッと笑いながらショットガンを装備するセリカ。
「エルドくん、君の新しいスキルだが今のうちに習得しておきたまえ。きっと必要になるだろう」
ステータスカードを見れば『レベル70スキル』の欄が光っていた。
俺はそこを――――おそるおそる選択する。
「さぁ――――これで後方の連中も目を覚ましたことだろう。もはや背中に後ろ弾をする敵はなし! 乗り込むぞ!」
元勇者の、決して聞いてはいけない言葉が聞こえた。