第62話 ある極東の少女は、その行為を決して許さない
「撃てッ!!!」
広場へ展開していた対戦車砲が、次々に射撃を開始。
ホームへ侵入した魔王軍最高幹部をなんとしても殺すべく、ありったけの火力を投射。
石レンガで組まれた美しい駅は、砲撃を受けてまたたく間に崩壊。その優美な情景は一瞬にして爆炎に消えた。
「全弾発射完了しましたッ!!」
「よし、撃ち方やめっ!!」
王国軍がここまで切羽詰っているのは、かつて猛威を振るった魔王軍――――それも最高幹部級を街へ侵入させてしまったという焦りと不安があるからに他ならない。
その決死の砲撃をなんとか逃れ、広場に伏せていたオオミナトは黒煙を見る。
「あっぶな〜......、もうちょっと遅かったら巻き込まれたじゃん......」
あれだけの砲撃を受けて、無事でいられるはずがない。
オオミナトはそう確信していた。
――――ガラッ――――!
「ッ!?」
背筋が凍る。
瓦礫の山と化したロンドニア中央駅――――煙から影が姿を表したのだ。
ありえないと心中で叫ぶ、だが現実......いや、この世界においてそんな常識は通じない。
巨大な氷の塊が崩れ、その中から少女が現れる。
その様子に兵士やオオミナトはもちろん、野次馬の民間人も呆然と固まっていた。
「今のが"銃"に"砲"ってやつね? ヒューモラスの言ってたとおり確かに厄介だわ。ねぇ? ――――お姉ちゃん?」
桃色の髪を背中まで伸ばした少女は、覆っていた氷を解除するもう1人の少女を見つめた。
「同意する、これも勇者の謀略か......それとも人間の恐ろしさか。いずれにせよ、これらの魔導具が使われ第1梯団が消滅したのは頷ける」
冷たい空気が周囲に満ちる。
あれが最高幹部、一見すれば怪物でもなんでもない姿にオオミナトは混乱した。
しかしそれも、姉妹であろう2人の会話が終わるまでだった。
桃色の髪の少女が、その両手をバッと広げたのだ。
「聞けッ! 人間共!! 我が名はエルミナ!! わたしはこれより革命を起こす! 上位種たる魔族による魔族のための共同体を創り、ここに真の理想郷を築くのだ!!」
周囲の兵士が一斉にライフルを構え、トリガーに指を掛けた。
「抗うか人間! ではまず第1段階、この人類国家アルト・ストラトスを転覆させよう!!」
高々と叫んだエルミナは、ロンドニアの象徴たる時計塔を見た。
魔法陣が空中に描かれ、膨大な魔力を収束させる。
あれはヤバい、直感で悟ったオオミナトは「隠れて!!」と周囲の兵士に血相を変えて警告した。
「滅軍戦技――――」
魔法の照準が、時計塔へ向けられる。
「『ブラッド・ノヴァ』!!!」
放たれた一撃は血の色をした圧倒的な暴力。
「おわあぁッ!?」
衝撃でその場の全員が転がった。
魔法は時計塔の中央を吹き飛ばすと、ロンドニアのシンボルは瓦礫を撒き散らしながら一気に崩壊。
真下に広がる広場や民家を押しつぶし、市民の断末魔が響いた。
「こ......のッ!!」
上空に昇る煙を見たオオミナトは、こらえきれない激情に襲われた。
「下等種族がちょっとは発展したみたいじゃない、でも残念――――――今日で平和は終わるから」
続いて繰り出されたのは召喚魔法。
次々とモンスターが魔法陣より出現し、ロンドニアへ散らばっていく。
兵士たちも大急ぎでそれらの追撃に移った。
伏せていたオオミナトはゆっくりと立ち上がり、その黒目でエルミナを睨み付けた。
眼前で行われる虐殺行為、彼女の母国が過去を考えればその怒りは道理であった。
――――怖いっ、けどここで引いたら絶対に後悔する......! 今だけでいい! 目の前の化け物と戦う勇気を!!
彼女は思いだす、母国の戦争の話を。
いつしか祖父より聞いた空襲の体験談、無抵抗の市民が殺される恐ろしさ。
そして、そんな悪夢を二度と起こさんがため国を守る道へと進んだ父と姉。
「なに? この魔力......」
――――わたしは国民を守る職に就く前に祖国を離れてしまった。けれど、成すべきことはどこの世界でも変わらない!!
今ここで――――――
「だあああぁぁぁぁぁ――――――――ッ!!!!」
凄まじい風が吹き荒れ、オオミナトは地面を蹴った。
驚愕した表情のエルミナが、寸でのところで突っ込んできた暴風を受け止めた。
衝撃波が広場を薙ぐ。
「お前を倒すッ!!!」
風と闇が入り交じり、オオミナトとエルミナは互いに顔を見る。
「風魔導士......!? いいわ! 勇者の前にまずアンタを革命の糧にしてあげるッ!!」