☆第6話 国営パーティーの朝はラッパで始まる
レーヴァテイン大隊とは、元勇者のジーク・ラインメタル少佐が長を務める部隊らしく、その全貌は軍内においても特殊そのものだった。
「06:00総員起こーし!」
睡眠をむさぼっていた俺を、軽快な起床ラッパが叩き起こした。
メガネを掛けて視界を手に入れ、与えられている自室のトビラをガチャリと開けた。
「おはようございますエルドさん、レーヴァテイン大隊の朝はどうです?」
「お前か、人の部屋の前でラッパを吹いたのは……。つかここ陸軍だろ? 総員起こしは海軍の伝統じゃなかったか?」
「まぁ細かいことはいいじゃないッスか。それに、広報本部のラッパ担当はわたしですからね〜、実は先月軍内でラッパ優秀賞を貰ったんですよ!」
どうでも良い。
ちなみにレーヴァテイン大隊の何名かは、基地じゃなく王都中の広報施設に住み込んでいる。
かく言う俺もここに住むよう指示された。
構造は普通の木組みの家なので、軍施設という雰囲気は全くない。
「任務とかそういうのはまだ先だろ? 何の用だ」
「今日は週刊ミリタリー写真集の発売日じゃないッスか! 今日暇ッスよね? 買いに行きましょうよー」
なので、同じレーヴァテイン大隊のコイツとも同居状態というわけだ。
「自分で言うのもなんだが、俺は寝起き10分は使い物にならん。準備して待っておいてくれ」
「了解ッス!」
まさか軍に入って、趣味友と本を買いに行くことになるとはな……。
顔を洗ってからサッと支度し、木の床を歩いて玄関へ向かう。
「あらエルドさん、出かけるんですか?」
途中の受付室でルミナス広報官に会った。
相変わらずというか、喫茶店のような間取りなのでコーヒーの匂いでも漂ってきそうだ。
「セリカに引っ張られて買い物の付き添いです、ルミナスさんは?」
「わたしは広報官なので今日もここで仕事です、出かけるなら、最近は魔導士による過激行為が目立ちますのでお気をつけて」
「はい、ありがとうございます」
過激行為か……、同じ魔導士としては複雑な気分だな。
玄関を抜け大通りに出ると、セリカが軍服姿で待っていた。
「やっぱり起床ラッパ鳴らして正解だったッスね、じゃあさっそく本屋へ向けて進軍開始ー!」
「はいはい」
朝からなんでこうテンション高いんだか、俺はおもむろにポケットへ手を入れ、ステータスカードを取り出す。
歩きながらカードに目を通すと、ついこないだまで真っ白だった欄にレベルが表記されていた。
「おぉ、エルドさんもうレベル20まで到達したんですか」
「ゴブリンロードを倒した時のやつだな、そろそろ新しいスキルが手に入りそうだ」
レベルが上がれば、それに応じて新たにスキルが習得できる。
俺はアーチャーなので、扱いや命中精度の向上といった恩恵が受けられるらしい。
「でも昨日のトレンチガン、わたしも撃ってみたかったなー」
「また今度少佐にでも頼め、ド素人の俺でも使えたんだからな」
そういえば少佐を見ていないな、今日はどこかで仕事だろうか……。
「あれーセリカじゃん! こんなところで奇遇だねー、パーティーの"荷物持ち"さん?」
「ッッ!!」
振り向くと、剣士や魔導士といった冒険者パーティーらしい連中がいた。
装備からして上級冒険者だろう。
「セリカ、知り合いなのか?」
「……昔仲間"だった"ヤツらです」
セリカの表情は、仇を見つけたような殺気に満ちていた。
「なにそいつ彼氏? っつーかとっくに野垂れ死んだと思ってたわ。ギルドを追放された雑用がどうやって食っていってるのかしらね」
「なんとかやってますよ……、少なくとも冒険者時代より遥かに給料は良いですので」
「言ってくれるじゃない雑用、まさかアンタに高給払うバカがいたとはね」
セリカに対する横暴な態度、追放、仲間だったという過去形文……。
なるほど、セリカが昨日冒険者ギルドで怯えていた理由がこれでハッキリした。
こいつらはセリカと同じパーティーだったが、何かしらの理由で彼女を何の責任もなく追い出したのだろう。
つまり好感を持つ要素は全くないということだ。
「悪いね冒険者の皆さん、俺たちこれから大事な用を控えてて、今日はお引取り願いますよ」
「大事な用だと? それは我々上級ギルド【アルナソード】の冒険者よりも大事なのか?」
「えぇ……超大事ですよ」
大きく魔力を開放し、周囲の空間に溢れさせる。
魔力量だけはいくらでもあるので、威嚇だけならこれが最も有効的だった。
「なんだよこの魔力量……! リーダー! ここは一度出直した方が」
目論見通り、魔導士であろう者が気圧された様子になり、撤退をリーダー格へ進言した
「ッ……!! 役立たずの半端者が! いずれまた痛い目に合わせてやるからね!」
捨て台詞らしいものを吐き捨て、彼女らは退却していった。
「ありがとうございますエルドさん、……あの」
言いかけたセリカの頭を、俺はポンポンと叩く。
「別に言わなくていい。あんなチンピラに構ってると写真集売り切れちまうぞ、さっさと行こうぜ」
「ッ……! はいッ!」
彼女の笑顔は、会って初めて見るくらい––––それこそ太陽のようなという言葉が相応しい爽やかな表情だった。
青空の下、俺とセリカは再び本屋へ向けて歩き始めたのだった。
––––ミリタリー本を求めて。
イラストは「ドコ様」より頂きました! 感謝ッ!!