第59話 ズッタズタの異世界無双計画
――――国境都市ロンドニア。
王国軍が最前線で戦う中、この街はこれまでどおりの活気を維持しており、大通りの出店が今日も商品を並べていた。
戦時に関わらず健全な経済活動が行われているここで、彼女もまたショッピングに勤しんでいた。
「もぉー皆わたしを置いてどっか行っちゃって〜、少佐に力を貸してほしいって言われた時は『主人公フラグキタ――――!!!』とか思ったのに......まさかのお留守番って。どういうことよもぉー」
もはや着こなしすら覚えた体操着姿で、黒髪を振りながらオオミナトは大通りの賑わいを歩いていた。
「ってゆーかファンタジー世界で魔法もあるのに、なんで銃まであるのよ――――しかも地球と同じで鬼強いし......。これじゃわたしの異世界無双計画がボロボロじゃない!」
オオミナトの独り言は、いわゆる憤慨のそれ。
なにがどううまくいってないのかは通行人も定かでないが、子供がはしゃいでいるだけだろうと虚しくスルー。
だが、彼女は拳をグッと握る。
「落ち着くのよわたし! 父は陸上自衛官、姉も海上自衛官なんだから銃の知識だってちょこっとはある。どうにかして魔法で出し抜く術を見つけないと......!」
握った拳に風が渦巻く。
風魔導士としてのプライドか、はたまた全く別の意地か。
オオミナトは何かを誓っていた。
「とにかくまずは功績ね、わたしの強さをどこかで示せればレーヴァテイン大隊にもっと食い込めるはず。けれど焦りは禁物ね、人事を尽くして天命を待つ! とりあえずは待機かな......」
彼女は歩いていて暑くなったのか、着ていた上着を脱いで腰に巻く。
半袖短パンという涼しげな格好の代わりに、その容姿はさらに子供っぽくなった。
「いっそのこと生足で魅惑してレギュラーメンバー入りを目指すというのもアリ? エルドさんやラインメタル少佐がロリコンなら効くかな......? いや、セリカさんのガードが厚いか......」
しばらく歩いていたオオミナトは、しかし上着を脱いだだけでは紛らわせない暑さに汗を拭った。
「もー暑いし仲間はずれだし最悪、異世界転生ものにあるまじき退屈さ、ここらでそろそろイベント起きてよ〜」
背伸びをしていた彼女の目の前に、ふと何かが差し出される。
「こんにちはお嬢ちゃん、なんか大変そうだね」
帽子をかぶっていて顔はよく見えないが、男は何やらアイスクリームを持っているようだった。
「えっ......、おじさん誰?」
「いやいや怪しいものじゃないよ! そこの屋台でアイスを売っていてね、暑そうだったからおすそ分けしようと思って」
「それはどうも......」
とりあえず受け取る。
新緑のようなアイスは、オオミナトのよく知る味だった。
「これ......抹茶!? スゴい! こっちの世界にもあるんだ」
「気に入ってくれて良かったよ。最近トロイメライにも出店してね、かなり好評なんだよ」
「すっごく懐かしい味です、ありがとうございます!」
「"同郷"の女の子には優しくがモットーでね、じゃあ良き異世界ライフを」
「はいっ! ......て、えっ?」
すぐ違和感に気付く。
そもそもこの国の住人が"異世界ライフ"なんて言うだろうか? 同郷という言葉からも、想像は容易だった。
「あのっ、あなたは――――――」
しかし、男の姿はもうない......。
人混みの中、確かにいたであろう"同じ民族"の存在にオオミナトはつぶやく。
「わたし以外にも来てたんだ......」
片手に持つ抹茶味のアイスは、久しぶりに故郷を思い起こさせる。
だが彼女は知らない。
平和だった故郷とは縁遠い戦火、脅威がこの後方の地に近付いていることを......。