第46話 平和ボケから目覚めた少女は二度と油断しない
なんとかヒューモラスを振り切った俺たちは、荷物とクロムを回収しに川原まで戻ってきていたのだが、荷物はあれどそこにクロムの姿は無かった。
「消えてる......?」
ヤツの倒れていた場所は黒いシミがあるのみで、歩き去った形跡はない。
「非殺傷弾といえかなりダメージは与えたはず、こんなにすぐ動けるもんなのか......?」
「でも彼の武器は今来た道の木陰にありましたよ、目覚めたのなら探して持っていくと思うんですが......」
オオミナトに肩を貸すセリカが、ゆっくりと彼女を降ろした。
「なりふり構わず逃げた感じか、悪いオオミナトさん......捕まえることができなくて」
「いえいえ! これはわたしが巻き込んでしまったことなんですし、エルドさんが謝ることじゃありません。それに――――」
彼女は右拳を前に突き出し、ニッと笑った。
「エルドさんがあいつに勝ったと聞いて、わたしもしっかりしなきゃって思ったんです。だから今度またクロムが来たとしても、フィオーレに庇われる前に自分で追い払ってやりますとも!」
どうやら、皮は剥けたらしい。
今の彼女からはどこか遠慮がちだった魔力が溢れ、吹っ切れたような印象を持たせる。
戦いの中で、彼女自身も変わったのだろう
平和ボケした人間が現実に向き合った記念すべき瞬間だ。
「いたたっ、って......ボロボロのわたしが言っても説得力ないですかね?」
「そんなことないッスよ、オオミナトさんならあんなやつに負けません!」
実際、オオミナトはもう油断も慢心もしないだろう。
そんな気がしたのは、凛々しい瞳から放たれる覇気が平和ボケしていたさっきまでとは明らかに違っていたからだ。
まぁ、まずは怪我の手当てからしないとだが。
「そういえばクロムの荷物に回復ポーションが入っていたはず、確か――――あったあった」
本当に準備の良いヤツである、オオミナトに使うのだから持ち主もきっと本望だろう。
「あっ、手が痛くてポーション持てないので、エルドさん飲ましてくださいよ」
「いやいやさっき動かしてただろう手、なにいきなり甘えて......」
「良いじゃないですか、弱った女の子に優しくするのはこの手の恋愛イベの常識ですよ?」
まーたわけのわからんことを言うオオミナト。
ポーションの蓋を開け、その小さい口にゆっくり流し込んだ。
しかし直後に彼女は顔をしかめる。
「これ、あんま美味しくないです......」
「贅沢言うな、飲まないとお前歩けないだろ」
涙目になったオオミナトの口に、ポーションのビンを突っ込むという傍から見れば危ない光景に「エルドさんの変態〜」と、セリカがからかってきた。
とりあえずコイツには、帰ったらコッソリ隠しているつもりのプリンを目の前で食って仕返ししてやると固く心に誓った。
「そういえば、前から聞くラノベとかチートってどういう意味なんッスか? ってかオオミナトさんの国籍ってどこです?」
「プハッ......あれ? 言ってませんでしたっけ......」
「まだ聞いてないッス」
セリカの問いに、オオミナトは川の下流――――東の方向を向きながら言った。
「日本っていう場所から来たんです......、とても恵まれた国で、もう70年以上戦争が無いんですよ」
「70年も平和? そりゃ凄いな......」
そんなに長いこと戦争をしていない国があったとは、俺もセリカも驚きを隠せない。
「いつか行ってみたいな、その日本という国の使う武器も是非見てみたい」
「わたしも2人を招待したいです......でも難しいですね」
彼女の声はどこか諦めのようなもので満ちていた。
「おそらく日本には、あの世界にはもう帰れませんので」
「えっ......?」
オオミナトの妙な言葉。
その意味を聞こうとしたとき、ふと地面が小刻みに揺れ出した。
「なんだッ!?」
空に満ちたのは巨大な幾何学模様。
その凄まじい魔力は遥か西――――元魔王領エルキア山脈の上に現れた巨大な魔法陣から放たれていた。