26・スペツナズ進撃
「凄まじい砲撃だな……、悔しいが連邦の誇るソユーズ級戦艦すら霞む威力と言えよう」
––––海賊島 エルロラ王城地下。
サーモバリック砲弾の降り注ぐ地獄の地上とは対照に、冷たい地下でミハイル連邦対外情報庁 スペツナズ所属のレジーナ大尉は呟いた。
「その言葉……、ブラチーシェフのヤツに聞かれたら更迭されますよ。本国で言えば敗北主義呼ばわりでしょうね」
彼女と同じAK-47アサルトライフルを携えた副官が、警告混じりにそう伝える。
部隊共通の帽子を整えながら、レジーナ大尉は鼻で笑った。
「適切な評価を下したまで、これから相手せねばならない敵を過小評価し、犠牲を出すような真似は……共産党の政治将校のみで十分だ」
「さすが同志小隊長––––おっしゃる通り、あなたが我々の上官で心強い限りです」
「我々は軍人、信ずるのはプラグマティズムただ1つだ。淡い幻想ではなく––––現実に正しく対処することが国家の利益になる。では行くぞ」
快速小型ボートで事前に上陸していた彼らスペツナズは、砲撃という絶好のイベントを使うことにした。
普段なら音を立てないよう注意もするが、派手な着弾音によってそれもかき消される。
いわば無敵時間だった。
「諜報部にいるブラチーシェフ少佐の情報では、城の最上階に宝具がある……敵への交戦規定は即刻射殺だ」
「元勇者エルロラはどうしますか? 同志小隊長」
「可能なら捕縛する、しかし状況が好ましくない限りは射殺優先で構わん」
「了解」
地下を出たスペツナズは、城の外壁に沿って侵入を開始した。
彼らは隠密を捨てて、可能な限り早く目標へ辿り着く方針を取る。
「04から通達、正門に見張り多数––––武装、PPSHサブマシンガン」
「了解、こちらで仕留める」
けたたましい発砲音が響く。
放たれた7.62ミリライフル弾が、門衛の頭を吹っ飛ばしたのだ。
「進め。スナイパーに注意」
レジーナを先頭に、スペツナズは城の内部へ突入。
砲撃で指揮の乱れ切った海賊たちは、突然の攻撃に慌てふためいた。
「侵入者だ! 非常警報を鳴らせ!!」
「敵影多数! 国籍不明––––ぐあッ!?」
朽ちたエントランスへ入った部隊は、銅像や柱に素早く身を隠して銃撃した。
海賊のフルオート射撃は、障害物をえぐるばかりで全く命中しない。
「お粗末な練度だな、各員掃除を開始せよ––––スナイパー班の配置を援護する」
ストックを折り畳んだAKを連射。
雑多な遮蔽物ごと、海賊が次々撃ち倒される。
「こちら10、配置に着きました。狙撃準備完了」
「わかった、全員伏せろ! “連発狙撃銃”が来る!」
レジーナの言葉の直後、海賊たちは銃を乱射しながら瞬く間に心臓を刈り取られた。
城壁へ登った狙撃兵が、連発式狙撃銃のSVD-ドラグノフを撃ち始めたのだ。
これも最新型の銃器であり、7.62ミリのセミオートライフル。AK-47と同じく特殊部隊限定で配備されていた。
突入からわずか数分でエントランスの敵が全滅する。
狙撃手の覗くPSO-1スコープから、生きている海賊は消えた。
「小隊長より各員、被害報告」
当然ながら被弾はゼロ。
スペツナズは、王国最強と謳われたレーヴァテインを想定し編成されている。
ゲリラ兵以下の海賊に遅れを取る道理など、微塵もなかった。
「行くぞ! 玉座の間は上層階だ!」
海賊たちは必死で抵抗を行った。
主要通路を即席のバリケードで塞ぎ、階段には対人地雷まで仕掛けて待ち伏せようと試みる。
だが、スペツナズの侵攻速度がそれら全てを上回っていた。
「儀式完了まであと少しだ……! 諸君、これは聖戦である! ここで勇ましく戦えば、エルロラ様は必ず我らを楽園へ連れて行ってくださる!」
そんな演説で指揮をまとめていた隊長を、部下ごと射殺。
構築しかけのバリケードをどかしながら、レジーナは唾を吐いた。
「ここには殉教者気取りしかいないのか? 時代遅れの信仰主義で我らを止めようとはな……どう思う副官?」
「麻薬で恐怖を取り除くよりは健全かと」
「間違いないな。彼らには聖典でも抱えてもらって、教えを枕にゆっくり眠っていてもらおう」
時間はない。
既に砲撃は止んでいる……王国軍が上陸するまでに、撤収するのが任務だ。
奴らがどんな編成で、何隻のボートで来ようが関係ない。
王国の資本主義者には、空っぽの城をくれてやる。
「ッ……なんの音だ?」
レジーナたちスペツナズは立ち止まった。
玉座の間に近い広場で、ハエのような音を聴いたからだ。
「羽虫……でしょうか?」
「まさか、ハエの王が住人じゃあるまいし……」
そこまで言って、レジーナの脳は警鐘を鳴らした。
講義で聞いた覚えがあったのだ–––この音は、虫なんかじゃない!
羽音ではなく、パルスエンジン––––
「全員!! 伏せろぉッ!!!」
天井と壁が吹き飛んだ。
凄まじい爆風が部屋を薙ぎ払い、スペツナズ隊員たちを床に叩きつけた。
視界を黒煙が覆う……。
「全員無事か……!?」
起き上がり、すぐさまスリングによって保持していたライフルを向ける。
晴れゆく煙の中に、人影が浮かんだ。
「ラインメタル大佐とセリカは、別の場所に着地したか……久しぶりに1人だな」
『ほざけ。ワシを頭数から外すでない! それよりほれ––––先客がおるぞ』
スペツナズが向ける銃口の先……、全属性の魔力を溢れさせたエルドが頬を吊り上げる。
現れた世界の変革者を前に、レジーナはその顔を歪めた。
「神殺し……ッ! エルド・フォルティス!!」
「やぁスペツナズのみなさん、遠路はるばる新大陸までご苦労さん–––––そしてさようなら」
エルドの魔力解放と、スペツナズの発砲は同時だった。




