24・勇者エルロラ
海賊団が拠点とする古城、その最上部––––誰もいない玉座にひざまずく者がいた。
「あぁ……アルナ様、我らが偉大なる主よ。もうすぐ約束の時は来ます」
壮麗な銀髪をなびかせた年端もいかぬ少女、エルロラは顔を上げると優しく微笑んだ。
「貴方に見染められてからここまで、わたしは勇者としての使命を果たさんとしてきました」
空の玉座には誰もいない。
彼女の信仰へ返答することも、笑顔を返すこともない。
死んだ神を崇める、ただ虚しさだけが募る光景だった。
しかし淡々と、祈りと感謝を捧げるようにエルロラは立ち上がり––––魔法陣を右手に浮かべた。
凄まじい魔力量に、城全体が揺れ動く。
「主は理を超えん、主は円環の覇者たらん……、主は縁を繋いで想像せん」
何もない空間から現れたのは、青色に輝く槍。
不気味な紋様を浮かべたそれは、名を『インフィニティー・オーブ』。
連合王国同盟、ルーシー条約機構が今まさに手に入れんと狙う女神アルナの宝具だった。
「主が消えたこの世界は汚れと混沌に満ちています、だから……っ!」
槍を棒術のように振ったエルロラは、自らの足元へ先端を叩きつけた。
鐘の音が響き、周囲の空間がねじ曲がる。
衝撃に呼応するかのように、空へ大きくヒビが入った。
「わたしがアルナ様の使命を引き継ぎます……、並行世界を含めた全次元は神の名の下にのみ生存が許される。そう、まさにユートピアの想像……」
エルロラは恍惚とした表情で、崩れた天井から空のヒビを眺める。
「あと2時間で……次元の扉が開く、そこで世界樹にアクセスし、観測者ヴィゾーヴニルと接触できれば……計画は上手くいく」
突き刺した槍を抜いたところで、背後に部下の気配を感じた。
「どうしたの? 海賊隊長ダリス……儀式中は部屋に入るなと厳命したはずだけど」
「申し訳ありません……ですが、緊急の報告があったもので」
振り返って見ると、ダンディな彼の顔には絶望が満ちていた。
「潜水艦隊による防衛は失敗、王国艦隊は間も無くこの島へ到着すると思われます……」
「ッッッッ!!!」
エルロラは血が吹き出すほどに唇を噛み締め、憤怒に染まった表情で怒鳴った。
「ふっっざけるなぁ!!!!」
音速に近い速度で槍を振り下ろす。
空間ごと切り裂く斬撃は、ダリスを掠めて城を崩落させた。
「ッ……!!」
「なんのためにこのわたしが、勇者であるわたしが貴様らゴロつき共へ投資し纏め上げたと思っている!! まさかたった2時間も稼げないとのたまう気かッ!!!」
エルロラの瞳が昂る感情に呼応し、勇者特有の金色に染まる。
「忌々しい神殺しに、裏切り者の勇者……ッ!! 主を殺した原罪の汚れ共が、またしても神の邪魔をするか!」
島中にアラートが鳴り響いた、王国艦隊接近を確認した海賊たちが迎撃準備に入ったのだ。
「エルロラ様! ここは危険ですっ、避難を––––!!」
ダリスの声は、しかし怒りで覆われた彼女に届かない。
「勇者はわたしの全てだった……なのにアイツらは、全部、ぜんぶぜんぶぜんぶ否定しやがったんだ!! エルド・フォルティス……! ジーク・ラインメタル! お前らだけは、お前らだけは絶対に許さないッ!!」
沖合の超戦艦が、世界最大の46センチ主砲を島へ向けた。




