第37話 侵攻会議
装飾豊かな大広間。
新生魔王軍の王であるペンデュラムが、黒鎧を玉座に預けながら眼前の少女を見下ろした。
「してエルミナ、偵察の結果はどうだった?」
「はっ、魔王様」
膝をつき、腰まで届く桃色の髪を振りながら彼女は顔だけを上げた。
「人間共に目立った変化はありませんでした、冒険者たちは剣を振るい、魔法を使って戦う従来通りの戦術です」
「凶暴性はどうか?」
「数人のアルト・ストラトス人をさらいましたが、とても非力で話になりません。おそるるに足らないでしょう」
勇者との死闘から5年。
屈辱の逃亡により一命を取り留めたペンデュラムは、新たに部下となった吸血鬼の少女の働きにひとまずの安堵を得る。
というのも、彼はこの5年間を復活のため休眠に費やしており、地上の様子を把握できていなかったからだ。
「その調査――――どの部分を中心に調べた?」
「はっ、前回魔王軍を追い込んだ冒険者ギルドを主に調べましたが......」
エルミナは以前、最高幹部だった吸血鬼王の娘だ。
彼女自身は十分強いが故に、視野も狭まりがちだった。
「リーリスによれば、軍隊の力が比較にならないレベルに達していると聞いたが?」
「魔王様! ヤツは敗北主義者です、トロイメライでの失敗を隠したいがための妄言でしょう」
ペンデュラムの記憶する王国軍は、騎士団や傭兵で構成されており、前大戦ではさしたる脅威にならなかった。
冒険者を中心に調べたというエルミナの意見も、半分はまっとうだった。
「元最高幹部だったデスウイングがやられている、油断はできん。勇者の所在も気になるところだ」
「現時点で、勇者ジーク・ラインメタルの所在は不明です魔王様。おそらく冒険者ギルドでも率いているのでしょう」
「再び現れたとして、勝てるのか?」
「勝算は十分です、今回は兵力が違います」
ペンデュラムの休眠中、エルミナを中心とした複数の幹部は大量のモンスターを集めていた。
この地下でゆっくりと確実に、もう地上付近では侵攻に向けてモンスターが集結を開始しているころだ。
かつて勇者パーティーを苦しめた砦も、再び猛威を振るうだろう。
その時、黒鎧越しに笑みを浮かべるペンデュラムの横へ、漆黒の影が浮き上がった。
不気味な影は、人間とも似つかぬ人型へと形成された。
「"ヒューモラス"か......、お前もこの時をずっと待っていたのだな?」
「御意、つきましては魔王様。私に栄えある一番槍の名誉を任せていただきたく存じます。侵攻プランも計画済みです」
エルミナが歯を食いしばる。
ここまで労力を使ってきた自分を差し置いて、いきなり一番槍などと言われたのだから当然だ。
しかし、このヒューモラスという怪しげな男はエルミナよりさらに古株。
口を挟むなどできなかった。
「よろしい、ではヒューモラス。最初の侵攻目的地はどこを予定している?」
「勇者は先の大戦で『始まりの町・ソフィア』から出発しました、ここの制圧が第1目標です」
「クックックッ、始まりの町から出発した勇者を、始まりの町で殺すというのも感慨深い。よろしい――――ではヒューモラス、貴様には一番槍の名誉をくれてやろう」
「ありがたきお言葉に感謝申し上げます。魔王様」
エルミナとしては気分が悪い、なにせ果実を横取りされたようなものなのだから。
「して魔王様、1つやってみたいことがございまして......」
「なんだ? 申してみよ」
エルミナは思い出す。
さきほど言った人をさらっての調査、その実行役が誰だったかを。
「これまでさらってきたのは農民ばかりでした、ここらで冒険者を1人ほど連れてきたいと思った次第です」
「構わん、ただし秘密裏に行え」
「御意」
新生魔王軍・最高幹部ヒューモラス。
その正体は人をさらっての調査も担当する、新生魔王軍でも筋金入りの狂人だ。
そして彼らは知らない。
もう外には、騎士団や傭兵などという前時代的なものが存在しないことを。
冒険者ギルドを超える、近代化した正規軍隊があるということを......彼らはまだ知らない。




