17・魔王軍VS王国政府
物語初期……クールな氷系幹部キャラとして登場したアルミナも、今思うと懐かしいですね。
––––アルト・ストラトス王国 王都。
煌びやかな装飾が多い魔王軍大使館、その第1多目的室で魔王アルミナは汗だくとなっていた。
運動や体温上昇によるものではない……、全てが冷や汗だった。
それは横に座る妹のエルミナも同様、引き攣った笑顔と一緒にしたたらせている。
「さて、アルミナ殿下……せっかくですしこちらの紅茶をどうですか? 新大陸でのみ採れる茶葉を用いた嗜好品なんですよ」
「あ、ハイ……ありがとうございます」
ガタガタと震える手で、差し出されたティーカップを手に取る。
視線の先では、ニッコリと微笑む王国国防大臣の姿。
さらには王国外務大臣……までいる。
なぜ彼らが大使館へ来たか? 答えはもうわかりきっていた。
わざわざ“新大陸の茶葉”なんてものを出すあたり、既に当て付けがヤバい。
アルミナは悟りながらも、胃痛を堪えて絞り出す。
「王国の重鎮であるあなた方が……、どのような御用でしょうか?」
国防大臣が眉をピクリと動かす。
魔王アルミナはビクリと身体を震わせた。
「おや、ご存知ありませんでしたか……。てっきりアルミナ殿下は承知のことと思っておりましたが」
「ご用件を仰っていただかねば、こちらも応対しかねます……。いくら同盟国とはいえ多少の礼節程度わきまえ––––」
スッと……、2枚の写真が机へ置かれた。
カラーで写るそれには、エルドとセリカの顔がクッキリ撮られている。
「礼節ですか……いやはや失礼しました、なにせ魔王戦争以来となる我が国の非常時ですので、ついウッカリ」
飲み込みきれなかった紅茶が、アルミナの口端から垂れる。
さらに外務大臣がたたみかけた。
「数日前……トロイメライ発、ミリシア王国行きの便でこちら2人の軍人が無断出国いたしました。おかしいですね、彼らはおたくの首都ネロスフィアへ訓練指導に向かったと聞いていたのですが……」
「て、手続き上のミスではありませんか……? 2人がウッカリ船を間違えたとか」
「ふむ、なら”荷物だけ“ネロスフィアに着いてるのはおかしいですよねぇ」
今度こそアルミナは紅茶をむせて吐き、その場で咳き込んだ。
前回ミハイル連邦の諜報能力がトップクラスだと記述したが、頂点の椅子は彼らだけのものじゃない。
戦後諜報能力に力を入れていたのは、大国––––アルト・ストラトスも同様だ。
アルミナの拙い工作など、効くはずもなかった。
「お、おかし可笑しいですねぇ……! ウチの7階級将軍からは確かに報告を受けたのですが。荷物だけ先に到着しちゃったんですかね、不思議ですねぇ!」
追い討ちは続く。
今度は国防大臣が資料を渡してきた。
内容は––––
『第2次 国外戦技教育指導報告書において認められた、データ改竄の記録リスト』
いよいよアルミナの目に涙が浮かぶ。
差し出された書類には、自分がエルドたちを新大陸へ送るためにやった改竄アレコレが、全て列挙されていたのだ。
おまけに、拙いだの衝動的だの、好き放題ボロクソ書かれていた。
「魔王軍は『インフィニティー・オーブ』奪取のため、ウチの大事な軍人を利用した。間違いありませんね」
「はい……」
「最初からそうおっしゃって頂ければ、こちらも助かるんですがね。いくら友好国だとしても礼節があるでしょうに」
「ごめんなさい……」
ガックリと項垂れ、肩を落とすアルミナ。
正直ここまでボコボコにされると思っていなかったので、気を抜けば号泣してしまいそうだった。
魔王としての意地が、ギリギリそれを阻止している。
「まぁいいでしょう、反省しているようですし……今回だけ見逃しますよ。最初に言ったとおり今は非常時ですので」
国防大臣がゴホンと咳払いした。
「本題に入りましょう……さきほど、ミハイル連邦が準戦時体制へ移行しました」
それまで黙っていた最高幹部兼、安全保障担当官のエルミナが席を立った。
「本当……!?」
「事実です、1週間後には全ての国境付近へ総数300個師団以上になるであろう戦力が展開。3週間後には、600個以上へ膨れ上がる見込みです」
「ろ、600……!?」
今度は脱力したように、椅子へ落ちるエルミナ。
魔王軍の現有戦力は、7階級将軍が指揮する第1〜第7軍団。
しかし戦争となれば、とてもじゃないが単独での抵抗は不可能。
それゆえ、“許容しがたい防衛策”に頼っているのが現状だ。
「今回訪れましたのは、有事が発生した際––––貴国領土の連邦国境沿いに埋設した24発全ての『核爆弾』、それの起爆に同意していただきたいからです」
「ッ……!!」
この冷戦が崩れた時、連合王国同盟は国境へ埋めた核地雷で対抗するというのが基本戦略だ。
数十発もの核爆弾でしか、連邦の物量は止められないのである。
「おそらく、この動きはコミー共が『インフィニティー・オーブ』を見つけた証拠です。時間がありません」
「エルドたちは……、今?」
「元勇者ジーク・ラインメタル大佐と合流し、作戦行動へ入ったと連絡がありました。神に祈るような真似はできません、我々自身で––––事態へ備えましょう」
……神はもう、いないのだ。
数十秒後……顔を上げたアルミナは、自国領における核地雷起爆を承認した。
エルドたちが、連邦より先に『インフィニティー・オーブ』を奪取することを祈って。
失敗すれば、この世界は間も無く終わりを迎えるだろう。




