16・ミハイル連邦 対外情報庁
ミリシア王国の城下町、ある空き家の扉を男が開けた。
彼の名はブラチーシェフ・マレンコフ……、『ミハイル連邦 対外情報庁』に所属する人間だ。
冷徹な青い瞳は、見つめられれば熊ですら慄くほどに暗い。
「あらブラチーシェフ少佐、お早い帰りですね」
出迎えたのは、白色の肌と壮麗な銀髪の女性。
もちろんカタギではない……、私服で民間人に偽装しながらも、その手には連邦製最新アサルトライフル『AK-47』が携えられていた。
「まだ銃の整備が終わってませんの、もう少しごゆっくりしてからでも我々は構いませんでしたのに」
「必要な情報取得は完了した、君は相変わらず恋人のご機嫌取りに必死のようだな……レジーナ大尉」
「『AK-47』は素晴らしい銃です、しかし半端な手入れだと愛しのパートナーはすぐ不機嫌になる。いくらこのライフルが屈強かつタフネスでもね」
本来は木製の固定ストックである銃は、彼女の体格に合わせメタル製の折り畳み式ストックへ換装されていた。
レジーナ大尉の奥––––リビングであろう場所には、5人の男性兵士が銃の整備に追われている。
いずれも精強無比、並の兵士ではなかった。
「私たち“特殊任務部隊”の任務は、そこがどんな場所であろうと祖国の任務を成し遂げること……雑多な発展途上国のような歪極まる整備は許さないだけです」
「頼もしいよ、同じ対外情報庁の人間であることを誇らしく思う。先日は見事な腕前だった」
ブラチーシェフは、数日前––––路地裏で闇ギルド員たちを抹殺した際のことを思い起こす。
神器『インフィニティー・オーブ』の情報を吐いた彼らは、この大陸で最初にブラチーシェフたちが殺した人間だった。
「ニェット、あんなのはやれて当たり前よ少佐。我々はアルト・ストラトスに以前あったという最強の特殊部隊––––“レーヴァテイン大隊”を想定して創られました」
「もちろん心得ている、だからこそ……私は君たちへ全幅の信頼を置いている。昨夜の騒動は知っているな?」
「もちろん、アルト・ストラトスの大使館で起きた大規模戦闘……。大英雄グラン・ポーツマスと、勇者ジーク・ラインメタルがぶつかった」
ラインメタル大佐の部分だけ、レジーナ大尉は咬み殺すような口調で絞り出す。
「そうだ、君たちが好敵手としているレーヴァテイン大隊の元大隊長にして……世界を崩した全ての元凶。ヤツが動き始めた」
「王国も『インフィニティー・オーブ』の在処を遂に掴んだ、ということでしょうか?」
「その通りだ、おそらく今頃は敗北した大英雄から情報を得ているだろう。我々に残された時間は少ない」
「少佐、1つお聞きしたいのですが……」
レジーナ大尉は、鋭い眼光をブラチーシェフへ向けた。
「かの勇者が単独で動くとは思えません、ヤツほどの慎重者が動くということは……持ちえる手札が全て揃ったことの証左と推測します」
「君の考え通りだ大尉、先刻––––元レーヴァテイン大隊とされる軍人。エルド・フォルティス、ならびにセリカ・スチュアートの入国が確認された」
「エルド・フォルティス……なるほど、戦時研究所の極秘資料に載っていたあの“神殺し”ですか。それは確かな情報で?」
「本国に確認済みだ、表向きは魔王軍への戦技教育指導とあるが……ネロスフィアに彼は行っていない」
ミハイル連邦は、現大陸においてトップクラスの諜報力を持っている。
いくら魔王アルミナが必死に工作したとて、騙せる時間は残念ながらほとんど無いのが実情だ。
「興味深いですね、まるであのレーヴァテイン大隊が蘇ったかのようです。勇者に神殺し……宗教と喧嘩別れしてしまった我が国こそ、連中を倒すに相応しい!」
前歯を牙のように見せたレジーナは、獰猛な獣と見紛うほどだった。
「少佐、『インフィニティー・オーブ』の所在が互いに知れたこの状況……つまり本国の覚悟が問われる場面ですが?」
「もちろんだ」と、ブラチーシェフ少佐は部屋のスペツナズ隊員たちへ正対する。
「同志バイカル大佐より命令が下った! これよりアルテマ沖にて我が海軍戦艦『ソビエツキー・ソユーズ』に搭乗し、海賊団の拠点とする“海峡要塞”へ侵攻する!」
隊員達が一斉に立ち上がり、連邦語で野太い歓声を上げた。
コッキングレバーが引かれ、金属の擦れ合う音がこだまする。
「本国は今作戦において––––必要と認められる全ての武力行使を許可した! なんとしても連合王国同盟より先に、女神アルナの神器を確保せよッ!!」




