14・勇者ジーク・ラインメタルVS大英雄グラン・ポーツマス
「久しぶりの運動だ……、ゆっくり楽しんでいこうじゃないか」
準備運動に腕を伸ばすラインメタル大佐は、まるでランニングに出かけるかのような気軽さで一言。
庭園内で対峙するは、新大陸の大英雄グラン・ポーツマス。
一体どれほど強いのか、勇者と何が違うのか。
それを知れなければ、わざわざ新大陸の駐在武官になった意味がない。
「運動だと? どこか勘違いしているようだな勇者……、お前はあらん限りの苦痛と共に死ぬ。泣き喚き、叫ぼうが慈悲は決して与えん」
「そう剣を向けてくれるな、怖いじゃないか。僕はこう見えても臆病なんだよ?」
「ハッ! 言いやがるぜ……じゃあまずは––––」
グランの体から蒼い焔が燃え上がった。
夜空が明るく照らされ、気温が一気に上がっていく。
「腕から貰おうかッ!!」
剣が振られる。
鉄の沸点をゆうに超える熱を持った斬撃波は、しかしラインメタル大佐の手前で呆気なく止まってしまった。
「すまんね、腕じゃなく足が出てしまったよ」
思わず目を見張るグラン。
それもそのはず……大地を踏みつけた衝撃波で、いとも簡単に相殺されたのだから。
繰り返すが、なんの技でもないただの踏みつけである。
「どうした英雄くん、僕はまだポケットから手も出していないぞ? これじゃウォーミングアップにもならんが」
「ッ……!! 本気で死にたいらしいな、だったら––––望み通り素っ首ごと蒸発させてやる!!」
能力強化系魔法の最上位である『高速化魔法』で、グランは音速に近い速度の突撃を行った。
剣先を突き立て、さらに『身体能力強化』を発動。
ミサイルのような勢いでラインメタル大佐へ、豪焔が直撃する。
直前につんざくような爆音が鳴ったことから、終末速度はマッハを超えていただろう。
熱風がエルドたちを襲う。
「うわ……っ! 熱ッ……!!」
太陽が地上へ降臨したような爆発だ。
エルドは、無限の魔力をもって障壁を展開。
セリカやカレン、大使館警備員たちを守った。
そんな彼は、全く表情を変えずにつぶやく。
「あれで久々の戦闘かよ……、マジ化け物だな」
熱爆発の中心地––––溶けた地面の上で、ラインメタル大佐はその場を一歩も動いていなかった。
蒼焔が絡み付いた剣を、なんと素手で直接掴んでいた。
「バカな……ッ!! 俺の『イグニール・ソニックブラスト』を、手だけで防ぎやがった……!!」
「そういう名前の技だったか、若者っぽくて良いセンスだと思うよ」
「っ!?」
剣ごとグランを引き寄せ、大佐は頬を吊り上げる。
「じゃあ僕も、なんの変哲さもないこのただの蹴りに……カッコよく命名しよう」
グランの胸部へ、鉄板入り軍用ブーツの底が叩きつけられる。
徹甲弾のような威力であるそれは、彼を吹っ飛ばすに十分であった。
「グォあっ!!?」
派手に転がったグランは、なんとか剣を突き立ててブレーキを掛ける。
それでも大使館敷地の入り口近くまで移動させられており、防具に守られた肋骨が悲鳴を上げていた。
見下ろせば、獣王の素材で作ったアーマーがひしゃげている。
「『エンジェル・キック』……とでも言えばカッコよくなるのかな? いや、ダサいな……やはり僕がオリジナルで名前を付けるのは向いていない」
彼が昔使っていた技にカッコいい感じの名前はたしかにあったが、いかんせん全て他人の技である。
『イグニス・フレシェットランス』。
『グラキエース・フレシェットランス』。
『セイクリッド・オリンピア』。
『アルファ・ブラスター』。
いずれも吸血鬼エルミナアルミナ、そして女神の技だ。
彼が編み出したものではない。
お堅い思考の彼に、いわゆるカッコいい系のネーミングセンスは皆無だった。
「まっ、そんなことはどうだっていい。要は君をぶっ倒せればただのキックやパンチで事足りるというわけだし……」
首をゴキゴキと捻った大佐は、手を叩いて炭を落とす。
そして––––––魔力を気合い一閃、爆発させた。
「はあッ!!」
黄金の魔力が、ラインメタル大佐をバーナーのように覆った。
エルドも久しく見る変身、女神アルナへの信仰をエネルギーに変えて自身を大幅に強化する技。
通称『勇者モード』だ。
「世界には、未だに亡き神を崇拝する者で溢れている……。貴重な残りカスだが君に使うなら本望だろう」
圧倒的過ぎる威圧感に、グラン・ポーツマスは人生で初めて震い泣きを起こしそうになった。
大陸で無敵の技と言っていい『イグニール・ソニックブラスト』が、既に効いていない。
その上で眼前の勇者は、さらに能力を数十倍にまで強化してきた。
場数、戦闘における経験値、戦場に立った回数が違いすぎると……彼はこの時初めて悟ったのである。
「さて、第2ラウンドといこうか」




