12・君たち恋のABCで言うと、どこまで言ったんだい?
「やっぱ……バレてましたか」
大使館内の執務室で、俺とセリカは応接用ソファーに腰を下ろしていた。
さっきから目の前の紅茶を気まずく啜っているのは、眼前の勇者様がゆえだ……。
「そう落ち込まないでいいよ、エルドくんたちの入国を知ったのはこっちとしても偶然だったんだ。たまたま君たちが乗っていた船に外務省事務次官殿が同乗していた……それだけだ」
いわく、航海中の海賊騒ぎで俺たちが守った人の中に、アルト・ストラトスの政府要人がいたらしい。
その人は上陸後大使館に直行、駐在武官であるラインメタル大佐へ報告。
入国バレ。
ってな経緯でこちらを迎えに来たらしい。
「いやー、それじゃしょうがないっスよ。こっちは偽装パスポートまでアルミナさんたちに用意してもらったのに……水の泡ですね」
「全くだ、新大陸に着いて早々に元上司と再会するとはな……」
揃ってため息をつく俺たちへ、正面に座るラインメタル大佐はニマニマとした笑みを隠さずに言う。
「ところで君たち、どこまで進んだんだい?」
「「へっ!?」」
全身から汗が噴き出す。
カレンが見繕ってくれたローブを指でいじりながら、俺は目を逸らした。
「な、なんのことですかね……?」
「まぁなんだ、やっぱり元上司として気になるじゃないか。恋のABCで言えば……どこまで行ったのかね?」
恋のABC。
それは恋人との親密さを表す指標、こっちが付き合ってるというのもとっくにバレてるらしい。
セリカに至っては、クッソ下手くそな口笛で誤魔化そうとしている。
顔が真っ赤なので怪しさ全開だ。
「憶測に過ぎないが……、付き合って半年くらいか? そろそろ頃合いだろうに」
空となった俺のカップへ紅茶が注がれる。
教えろという圧力がヒシヒシと伝わってくるようだ……!
いよいよ逃げ場がないと覚悟した瞬間、俺の右手から声が響いた。
『こやつらはまだゴールしとらんぞ勇者、ワシがここにおるせいでの』
ヴィゾーヴニルだった。
相変わらずののじゃロリボイスだが、大佐の紅茶を淹れる手が止まる。
「––––やっぱり、そんなことだと思ったよ。なんで『インフィニティー・オーブ』なんて欲しがるのかと不思議だったんだ」
改めてこちらに向き直った大佐は、軽く頭を下げた。
「いやすまんね、事情が知りたくてつい……。別に君たちの恋愛模様を詮索したいわけじゃないよ」
「じゃあその……ラインメタル大佐は知ってるんッスか? 女神アルナの宝具でヴィゾーヴニルさんを、エルドさんから自立させれる方法を」
「知ってるもなにも、それが『インフィニティー・オーブ』本来の使い方だ。女神の恩寵である勇者の力や、世界の顕現者たるヴィゾーヴニルくんを自由に付与剥離できる」
紅茶を飲み干したラインメタル大佐は、「しかし」と付け加える。
「持ち主だった女神アルナが葬られ、神器もまた行方不明となった……。そもそも僕が新大陸に派遣されたのは、失われた女神の聖遺物を王国が確保するためだ」
「そ、そうだったんですか……」
「あぁ、だがミハイル連邦は神器で核兵器や人造人間を創りたがっている。最近ではスパイのみならず、ソビエツキー・ソユーズ級と呼ばれる新鋭戦艦まで派遣してきている……」
「ソビエツキー・ソユーズ……!」
ミハイル海軍 緑海艦隊主力、改インペラトリッツァ・マリーヤ級戦艦の後継と言われる……。
たしか基準排水量は59,150トン。40.6センチ主砲を備えた連邦最大の超弩級戦艦だ
状況はかなりのっぴきならないらしい。
はてさてどうしたものかと思案した瞬間、俺たちの座るソファーが大きく浮き上がった。
突き上げるような縦揺れに、テーブルのカップは軒並みひっくり返る。
大使館内に襲撃警報が鳴り渡った。
「ふむ、カレンくんのお迎えが来たみたいだ」




