11・命懸けのカーチェイス
絶対に間違えようがない、目の前の車に乗っているのは我らが元上司にして勇者––––ジーク・ラインメタル大佐だ。
おい待て……、俺たちはこの王国へ秘密で渡航してきたのになんで知ってるんだこの人!?
いや、今は––––
「エルドくん、積もる話は後でしよう。おっかないお兄さんたちが猛スピードで来ているぞ?」
「っ、了解!」
急いで荷物を放り込み、俺とセリカ、カレンは大佐のキューベルワーゲンへ乗り込んだ。
ミッションレバーが倒され、アクセルを踏むと車は猛スピードで走り出す。
「お久しぶりッス、ラインメタル大佐!」
「久しぶりだねセリカくん、随分背も髪も伸びて。垢抜けた……とでも言うべきかな?」
「えっへへ〜、でもそう言う大佐はほとんど変わってませんね」
「変わったさ、こないだ白髪が一本見つかって地味にショックを受けたところだ。やはり戦争をしていないとストレスが溜まるらしい」
2人の会話を聞いていたカレンが、後部座席で俺の袖をチョイチョイと引っ張る。
「ねぇこの人……誰ですか? 知ってるの?」
「平たく言うと俺らの元上司、カレンのお兄さんと似たようなポジションの人だ」
「ってことは……そっちの大陸で言う英雄?」
「正確には元勇者かな、いや……頭のネジが6本は飛んでるからイカレ度合いはこっちが上」
俺の言葉に反応した大佐は、助手席にあったアサルトライフルを、後ろへ投げ渡しながら笑みを浮かべる。
「言うようになったじゃないか、エルド・フォルティス少尉。ご褒美にその銃を貸してあげよう」
「光栄です、大佐」
銃種はSTG44、短小弾を使う我が国の主力自動小銃だ。
俺はコッキングレバーを少しだけ引いて、チャンバー内を確認。
まだ装填されてなかったので、そのまま引き切って薬室へ押し込む。
「なにそれ……?」
「とっても強力な魔法の道具」
皮肉混じりの言葉をカレンへ返しながら、俺は後部のトランクから真後ろへ照準する。
すぐ後ろの角、そこから次々に車両が飛び出してきた。
大英雄グラン・ポーツマス率いる追撃部隊だ。
「僕は運転に集中してるから、金魚のフンは任せるよ」
「了解……」
セミオートに切り替え、引き金をひいた。
耳鳴りが起きるほどの轟音と共に弾丸が発射され、運転席––––ではなくエンジンとタイヤへ直撃する。
「お見事」
バックミラーで伺っていたラインメタル大佐が、満足そうに一言。
推進力と機動力を失った車は、後続を巻き込みながら次々に停止。
車道内での衝突なので、幸い民間人への巻き添えはとりあえずない。
「っ、しつこいな」
既に止まった車両を蹴散らして、別の車が追い詰めてくる。
すぐさま照準、再びのセミオート射撃でエンジンを撃ち抜いた。
これで全部か……? サイトから目を離した瞬間だった。
「ッ!! 敵直上っ!! やばい!!」
単眼鏡を覗いていたセリカが叫ぶと同時、俺たちを影が覆った。
見上げると、屋根を踏み越えて飛んだ車両が、俺たちの乗るキューベルワーゲン––––そのすぐ後ろへ着地したのだ。
「飛行能力付与っ……!! 路上の部隊は囮だったってわけか」
あの英雄野郎は、風属性魔法の最上位まで使えるらしい。
系列的には、オオミナトの『アンリミテッド・ストラトス』に近い。
「野蛮な外国人共が、追い詰めたぞ」
肉薄されたほんの一瞬、ボンネット上に人間が飛び移ってきた。
「ちょっ、ヤバいッスよエルドさん!」
エンジンの上で、大英雄グラン・ポーツマスが殺意に満ちた顔で俺たちを見下ろし、運転席のラインメタル大佐へ剣を向ける。
まったく法律もクソもない、こうなりゃ野蛮勝負といこう。
俺は銃を構えると同時、大佐の背もたれへ足裏をつけた。
「君がグラン・ポーツマスくんだね、初めまして。大英雄がずいぶんと傍若無人じゃないか……妹さんはしばらくそっちに戻りたくないみたいだけど?」
「黙れ勇者……俺は意思など聞いてない、バカな妹を連れ戻しに来ただけだ。それに安心しろ––––貴様らを殺すのはついでに過ぎないからな」
「ふむ、バカな妹を持つ苦しみはわかるよ……。でも残念、そのボンネットは座席じゃないんだ」
俺が発砲すると、グランは自前の反射神経で顔を逸らし、弾丸を避けた。
だがそれでいい、元から当てるつもりなんてないのだから。
すかさず大佐の背もたれを蹴ると、それを合図に車が急ブレーキを掛けた。
「うおぉっ!?」
踏ん張りを失ったグランは、路上へ吹っ飛ばされる。
キューベルワーゲンはすぐさまカーブ、歩行者用の階段を強引に下り落ちた。
彼の姿はすぐに、建物の影へ隠れて見えなくなる。
「な、なんとかなった……。あれ死んでないッスよね?」
「たぶん大丈夫です、あれくらいじゃ兄さんは打撲した程度かと」
「ハッハッハ、なかなか面白くて良いお兄さんじゃないか。さて––––」
ミラー越しに俺たちを見た大佐は、その端正な顔にある頬を吊り上げた。
「改めて……ようこそミリシア王国へ、この2年の間や『インフィニティー・オーブ』についてでも、色々話をしようじゃないか」
ッ……、やっぱこの人には勝てないな。
『……この勇者には勝てんの』
俺とヴィゾーヴニルの思いが、シンクロした瞬間である。
「バカな妹を持つ苦しみはわかるよ」。
ラインメタル大佐のこの一言に、たぶん全てが詰まってます(リーリスぇ……)




