8・偉大なるミハイル社会主義共和国連邦
非常に賑やかなミリシア王国の住宅街。
明るい雰囲気を持つ王都だが、ひとたび路地裏に足を踏み入れれば様相は一変する......。
「ようミハイル連邦の旦那、遅かったじゃねえか」
湿った空気の充満する場所は、闇ギルドの溜まり場だ。
そんなところへ1人足を踏み入れた男は、迎えてくれた闇ギルド員を一瞥した。
「相変わらず泥臭いところだ、行政の区画整理で居場所を奪われつつある社会不適合者が、ドンドン溜まっていくせいかな?」
開口一番そう言ったのは、春にも関わらず真っ白なコートを着た長身の男性。
足には軍用ブーツを着用しており、頬痩けた顔から鋭い眼を向けていた。
「おいおいマレンコフさんよ、俺たちゃ喧嘩しに来たんじゃねえぞ。ビジネスをしにきたんだろ?」
「これは失敬、諸君らを囲い込む酷い惨状を見ると思わずね......」
「まぁいいさ。聞いたぜ、お前らミハイル連邦が望む情報をやれば武器に金になんだってくれるんだろう? 良い商売してんじゃねえか」
リーダー格の男が前に出ると、マレンコフは手にしていたアタッシュケースをちらつかせた。
だが、見るからに不機嫌そうに応える。
「これを商売と言い切る感覚が理解できぬ、私は偉大なる連邦の食指であってバイヤーなどではない。現に君たちをこんな路地裏へ追い込んでいるのも市場主義、競争主義の残忍な結果ではないか」
「食指ね......カタギじゃないのはもちろんだが、お前軍人ですらないな」
「そんなことは些細な問題である、交渉時に互いを詮索するのがミリシアの流儀なのか?」
「いやちげえな、だがこういうのは債権と一緒だ。闇社会は相手への信頼と仁義で成り立つ。本当に情報が欲しいならガワじゃなくて中を見せな」
闇ギルドの男はポケットに折り畳み式ナイフを忍ばせながら、穏やかに告げた。
マレンコフはケースのロックを外すと、中身を開けて見せる。
「おぉ......っ!」
ギルド員たちが食いつく。
大きなケースには、予想通り大金が詰まっていた。
インパクトある光景、まるで札束が光り輝いているようだった。
「これで良いか?」
「あぁ......! あぁいいぜ、教えてやるよ。テメエら連邦が探し求めてるアーティファクト––––『インフィニティー・オーブ』についてな」
ゴクリと息を呑んだギルドリーダーは、これ以上ないくらい饒舌を気取る。
「あれは全てを操作できる“神の裁縫道具”だ、少なくとも俺らのボス......エルロラ様はそう呼んでる」
「ほぅ、最近近海で暴れている海賊のことか。エルロラ海賊団船長エルロラ」
「あぁそうだ、彼女はかつて選ばれし人間だった。そっちの大陸で言うなら––––【勇者】と呼ばれる存在だったらしい」
「だがな」と、男はマレンコフを見つめた。
「数年前だ......、彼女は突然勇者としての力を失った。当然怒り狂い、発狂し、押し寄せる現実に憤怒したさ。そしてある日唐突にこう言った」
両手で昂る感情を表現し、プレゼンを行う。
「主が死んだ、私の女神が殺された。そびえる世界樹の頂上で息絶えた! ......とな、変な夢を見て気でも狂ったかと思ったが、エルロラ様は正気だった」
「そのエルロラという元勇者、『インフィニティー・オーブ』とどう関係があるのだ?」
「まぁ焦るなよ......その後エルロラ様は勇者としての力を取り戻すために聖遺物をひたすら探したんだ。そして見つけた......、万物を操作可能なアーティファクトを」
男の服の胸元には、槍を持ったドクロが裁縫で描かれていた。
マレンコフはため息をつく。
「つまり、神器は貴様らエルロラ海賊団一派が持っている......ということだな?」
「あぁ、ここまでの情報がそのケースの金でやれる分だ。『インフィニティー・オーブ』を1日貸し出して欲しかったら、あとさらにケース5つ分を要求する」
冷たい眼光を向けていたマレンコフは、今度こそゴミを見るような目で突き刺した。
「まったく愉快な人種だ、勘違いも甚だしいぞ。我々を愚かな資本主義者と思っているようならとんだ大間違いである」
帽子を被りながら、カッと開かれたブルーの両眼でギルド員たちを睨め付ける。
視界に捕らわれた男たちは、意思に反して一歩も動けなくなった。
「なっ.....! なんだ......!? 動けねえっ」
「覚えておけ、我らミハイル連邦は世界を制す最強の共同体だ! 神など決して肯定せぬ、同志書記長こそがそれに等しい存在を担う! それこそ偉大なる同志レーニンが目指したユートピアだからだ!!」
時刻はピッタリ2時。
路地裏に破壊的な発砲音が響いた。
屋根上から次々に放たれた7.62×39ミリ弾が、闇ギルド員たちを1人残らず射殺する。
港の方から鳴る大型旅客船の汽笛と合わせたので、騒音は表まで届かない。
「偉大な連邦は金欠だ、貴様ら資本主義の犬に渡す金など欠片もない」
ケースを閉じたマレンコフへ、ローブをかぶった部隊が屋根上から合図を送る。
彼らの手には、連邦の最新鋭アサルトライフル––––『AK-47』が握られていた。
「大至急同志バイカル大佐へ連絡する、インフィニティー・オーブは野蛮な海賊の手にあるとな」
ミハイル社会主義共和国連邦 諜報機関所属。
ブラチーシェフ・マレンコフ中佐は踵を返した。




