7・上陸、ミリシア王国
「上陸ーっ!!」
久方ぶりの大地を踏みしめながら、俺の横でセリカが両手を挙げていた。
汽笛が鳴り響き、賑やかなムードに包まれているここは新大陸––––ミリシア王国の首都。
その港湾区画だ。
「いやー、何事もなくやってこれて良かったっス」
「海賊の襲撃は事としてカウントされないのか?」
「わたしにしてみれば、鴨がネギ背負ってやってきたみたいなもんです」
大きな旅行ケースをコンコンと足で突つくセリカ。
中には遠征用の必需品に加え、海賊から奪った“銃”が入っている。
当然そのままでは無理なので、俺とセリカが部屋で細かく分解してからケースに詰めた。
あとドラムマガジンだとかさばるから、持ってきたのは箱型マガジン。
「まだこの国には銃が普及してないからか、入国検査を上手くすり抜けれてよかった......。正直肝を冷やしたよ」
「ホントですよ、最悪強制送還でしたからね〜。ところでエルドさん......あれなんでしょう」
「ん?」
彼女が指差した先では、ベンチに座る12歳くらいの少女......正確には手に持った板状の何かを示していた。
『あやつだけじゃない、他の奴らもみんな持っとるの〜』
ヴィゾーヴニルもなんぞやという感じで、疑問を口にする。
見たことのない魔導具だ......俺たちはこっそり背後に回って、覗いてみた。
「っ!?」
思わず驚嘆する。
板状のなにかは、鏡のような面に文字や絵を表示していた。
触れた指先に連動して、画面が動いたり文字が入力される。
なんというか、ステータスカードを極限まで進化させたイメージだ。
「これが新大陸の魔導具ッスか......! 一体どういう原理で動いてるんでしょう」
「わ、わからん......少なくとも魔力を原動力としているのはわかるが、動画や写真まで見れるなんて」
そういえば数年前オオミナトから聞いたことがある、彼女の母国日本ではインターネットなるものが普及していたと。
それに繋いで使うタブレットという機器をイラストに描いて貰ったが、とてもそっくりだ。
まさか......。
「こっちの大陸にも地球人が転移してたってオチか......」
「わたしたちアルト・ストラトスが軍事系技術者や軍人に対して、こっちは情報系の転移者だったのかもッスね〜。いやー、にしても不思議......」
言ってる最中、魔導具をいじっていた少女が振り返った。
さすがに気配を察したらしい、あからさまに疑っている。
「あの〜......、何か用です?」
腰まで伸びたきめ細やかな亜麻色の髪と、白が基調の春服をなびかせながら少女は立ち上がった。
「いやすみません......俺たち観光客でして、今到着したところなんです。板状の魔導具が珍しいなと思ってつい、怪しいものじゃありません」
決してネイティブではないが、ミリシア語で返答する。
俺とセリカは船に揺られている間、余暇時間をほぼ全て言語学習に費やした。
その甲斐あってか、少女はすこし警戒心を解いた様子で近づく。
「そうなんですか! ようこそミリシア王国へ、お2人共どこからいらっしゃったんですか?」
「アルト・ストラトスっていう国ッス、知ってますか?」
「もちろんです! 遠いところから船旅お疲れ様でした。でもずいぶん変わった格好ですね? 向こうではそれが普通なんですか?」
ギクっと強張る俺とセリカ。
そう......今の俺たちは、思いっきり軍服を着ているのだ。
本当ならちゃんとした私服を持ってくるはずだった、自前のケースに官舎で入れた。
だが船に乗る寸前、待ち構えていた魔王軍が「アリバイとして使用する可能性があるとのことなので、旅行用品を詰めたこちらのケースと入れ替えてください」。
ってな感じで没収、私物の詰まったケースは魔都ネロスフィアへ。
代わりに最低限の必需品とミリシア言語本、そして寝巻きの入ったケースが渡されたのだ。
「あ、あっちでは普通なんですよ......」
「そうなんですか。あっ、わたし––––名前はカレン・ポーツマスって言います」
「あぁ......どうもカレンさん、俺はエルド・フォルティス。こっちの連れがセリカ・スチュアート。一応彼女」
「恋人同士でデートですか! いいですね〜素敵です」
ちょっと違うが、まぁそういう解釈でいいだろう。
手の甲を塞ぎ、ヴィゾーヴニルに喋らないでくれよとジェスチャー。
「こっちの服とか欲しいんッスけど、良かったらカレンさん案内していただけませんかね?」
「良いですよ! 旅行者に優しくするのが、ミリシア人のモットーですので!」
どうやら、軍服で街を走り回ることになる事態は避けられそうだ。




