6・アルト・ストラトス大使館
––––新大陸 ミリシア王国王都。アルト・ストラトス大使館。
新大陸の重要拠点であるこの建物は、国力を誇示するかのように豪華絢爛な作りであった。
ここには大使を始めとして、王国外務省職員が勤務している。
慌ただしく仕事をしている彼らを通り過ぎると、通路の奥に1つの扉があった。
外務省職員は、その扉を2回ノック。
中から「入りたまえ」と声が返る。
まだ若い職員が部屋に入った第一印象としては、徹底的なまでに整理整頓されたレイアウトから、部屋の主人の合理的性格を感じた。
ゆっくり進み、机に座る金髪碧眼の男へ書類を渡す。
「外務省による、第61次現地調査・内政懸案事項報告書です。お目通し願います––––ジーク・ラインメタル大佐」
「ふむ、ご苦労」
この男......ジーク・ラインメタルとは、現大陸の誇る元勇者だ。
先の世界大戦においては特殊遊撃大隊––––レーヴァテインを率いた最強の人間にして、合理の権化。
傲慢な神を殺すべく奮闘した英雄的存在だ。
その功績を見込まれ、以前より駐在武官として新大陸に送られていた。
「相変わらず堅苦しいレイアウトだ、もう少し読みやすくならんもんかね」
報告書に目を通しながら、大佐は背もたれに体重をかける。
「そちらに書かれておりますとおり、この国ではギルドの力がかなり強大なようです」
「そうだな、このグラン・ポーツマスという冒険者なんて報告書に載るのは11回目になるね。なになに......王国ギルドランキング1位『オーディン・ソード』所属にして、大英雄の名で有名......」
ペンを取ったラインメタル大佐は、メモ帳に要点を書き留める。
「過去に魔獣王を討伐した経験があり、実力は新大陸トップ。どこか親近感を覚えるね」
「大佐殿のように落ち着いてたら、その報告書には載りません」
「だろうね、話は報告書以前から聞いてるよ。ここ数ヶ月でギルド間抗争が5回、いずれもグラン・ポーツマスによって相手のギルドは壊滅」
ページをめくる大佐の前で、外務省職員はため息をつく。
「なまじ英雄的存在であるがため、ミリシア王国も手を焼いているようです」
「ハッハッハ! 面白いヤツじゃないか、ぜひ会ってみたいもんだ」
元勇者として、英雄なんて呼ばれてる人間がどんなヤンチャ者なのか、ぜひ見てみたい。
なんとしても会おうと心に決める。
「大佐殿、そちらも問題ではありますが......続きがさらに深刻な内容なんです」
職員に促されて続きを読む。
とんでもない速読であり、分厚い報告書を30秒掛からずに読み終えてしまった。
本当に頭へ入れたのか? そう思った職員へ、ラインメタル大佐は顔を上げながら言う。
「近海の海賊被害、ならびに区画整理による治安悪化か......。確かに深刻だね」
「今の一瞬で読み込んだのですか!?」
「疑うなら、一字一句読み上げるよ?」
「いえ......だ、大丈夫です、ご覧のとおり本国としても他人事ではないようなのです」
化け物だ。
職員は声に出さず胸中で思う。
「ふむ......、まず海賊に関してだが、租借した港に海軍の超弩級戦艦が寄港していただろう? 抑止力、安全性の観点からそれを旗艦とした海賊対処部隊を編成すべきだろう」
「グリフィス級ですか......? 海賊ごときに46センチ砲は少し過剰では......」
「いやなに、グリフィス級は保険だ。『ルーシー条約機構』の動きを知っているかね?」
「いえ、私の立場では......」
「そうか、じゃあ今後の円滑な仕事のためにも教えておこう」
今度は逆に、ラインメタル大佐が机から書類を出した。
「ミハイル連邦の諜報機関、そこの工作員が既にミリシア領内でスパイ活動を行なっている」
「アカ共がですか!?」
「海賊の主武装は“PPSH41サブマシンガン”、並びに連邦製ハンドガンだ。ミハイル連邦による裏の協力があると見て違いない」
報告書をカバンにしまうよう促される職員。
あとでジックリ読めとのことだった。
「さらに言えば、ミハイル連邦の最新鋭戦艦––––ソビエツキー・ソユーズ級がこちらへ来たという情報もある。まったくコミュニスト共はいつだって卑しい」
「つまり......海賊対処と同時に、グリフィス級をもって連邦戦艦を牽制すべき、とのことですね」
「そういうことだ、ミリシアとの調整は大使館の仕事になるだろう」
「了解です、治安悪化についてはどうしましょう。闇ギルドによるテロが懸念されますが......」
「それはこっちでも調べてみよう、君は仕事に戻りたまえ」
「わかりました」
踵を返して部屋を出て行く職員。
報告書をしまいながら、ラインメタル大佐は1枚のモノクロ写真を取り出す。
写っていたのは錆び切った槍だった。
それを見ながら、彼はポツリと呟く。
「あらゆる物質や遺伝子すら操作可能な神器––––『インフィニティー・オーブ』。クソッタレの女神アルナが残した聖遺物......、ついに激しい争奪戦が始まったということか」
ペンを机へ突き刺した大佐は、ニヤリと笑った。
「やっと面白くなってきたな、女神アルナの聖遺物は––––1つ残らず私が殲滅してくれる」




